第2話 如月ミコト
悲痛な叫び声とともに、天峰は再びコントローラーを手に取ってしまった。どうやら深い心の傷は戦場(PCゲーム内)でしか癒せないらしい。
いや俺の話はどこいったんだよ、と突っ込みたかったがもう聞く耳を持ってない。
まあ夏休みといえば陰キャに厳しいパリピ優遇イベントだ。
天峰の精神状態がやばいのはいつものことだが、今はそれに輪をかけて情緒不安定になってるのかもしれない。
ということで、ターゲットを変えてみる。
如月ミコトだ。
部室の中央に長机が置かれていて、如月はそこにお行儀よく座っていた。
このド底辺部活の中で、比較的きちんと文芸部員をやっており、今もそうだが暇を見つけては文庫本を読んでいる。
そのたたずまいは、真面目そのもの。
どこに出しても恥ずかしくない優等生なのだが……。
ただ……。
如月は読書をするとき、かならず本に分厚いブックカバーをかけていた。
それは神経質なほど念入りで……。
どんな本にも必ず……である。
「そろそろ夏休みの予定決めちゃおうぜ」
俺は向かいのパイプ椅子に座った。
「集まっても、どうせやることなんかないけどさ、
さすがに夏休み一回も活動なしってのはマズイだろ?
いつ来るかぐらいは今のうちに決めとかないと」
「そっか。そういえば……まだなんにも決めてなかったね」
文庫本を置くと、如月は大きく伸びをした。
その姿は……完璧な「三つ編み眼鏡委員長」だ。
地味なファッションと侮ってはいけない。
似合う人間には恐ろしいほどよくハマる。細身な真面目ちゃんというイメージが付きまとう格好だが、如月の場合、首から下のレベルもすさまじい。
平たく言えば、出るところがきちんと出ており、
これはもう……モテるために生まれてきたような存在だ。
外見、だけなら……。
俺は如月の置いた文庫本に目を落とした。
いったい……どんな小説を読んでいたのやら。
突然話が変わって申し訳ないが……。
少し前「ヤマシロ・サーガ」なるネット小説がこの学校を騒がせた。
全国的に流行したわけじゃないので、日本国民のほとんどはその名前を聞いたこともないだろう。流行ったのはあくまでこの学校の中でだけだ。
内容はといえば……。
それはもう……恥ずかしく痛々しい中二病小説。
よくある剣と魔法のファンタジー世界を舞台に、
「聖天から降る白き御怒り<ラストアルマゲドン>」とか
「絶望を超えし虚無の邪眼<カオティック・アイ>」とか、
その手のワードが飛び交う。
断わっておくが、俺は別にその手のジャンルに否定的なわけじゃない。あくまで、この「ヤマシロ・サーガ」の出来が絶望的にひどいと言いたいだけである。
「小学生が自由帳に書くアレ(笑)」、
「読んでるだけなのにこっちが恥ずかしくなってくる(笑)」と、わが校の生徒からの評価も辛い。
さて……。
なんでそんなのがこの学校「だけで」流行ったかというと……。
それは……ここが山城市立山城中学校だからに他ならない。
もう一つ言えば……。
現校長は苗字が中村なのだが、「ヤマシロ・サーガ」の極悪非道なラスボスも、その名前はずばり大魔王ナ・カムーラなのだ。
……ああ、やばい。
……思い返すだけでもうやばい。
……自分のことじゃないのに恥ずかしくなってくる。
勘のいい人なら後はだいたい察しがつくだろう。
大魔王ナ・カムーラの手下たちにはこの学校の教師の名前をもじったキャラクターがずらりと並ぶ。
特に『六堕天』と名付けられた四天王的アレなポジションには、生徒からの人気が低い教師陣が名を連ね、それはもう極悪非道に描写されていた。
そして……。
そんな魔王軍に戦いを挑むのはもちろんここの生徒たちである。
この「作者」のこだわりようはすさまじく、ネームドキャラはほぼすべて、この学校の生徒の名前を元ネタにしていた。
簡単に個人を特定できるぐらいにしか名前を改変していないので、精神的ダメージを負う生徒が各クラスで続出。
本気で怒りだすやつもいたとかいないとか……。
ちなみに俺のキャラも出てくる。
そして、登場した次のページで山賊に頭をかち割られて死んだ。
登場させる意味のない死にキャラだ。
出番を増やせと言うつもりは全くないが、知り合いを作中に登場させるならもう少し大事に扱ってくれてもいいと思う。
それにしても……。
ゲームのキャラに友達の名前をつけるぐらいなら普通の人間もやるだろうが、自作小説のキャラに片っ端から身近な人物の名前を付けて、あまつさえそのイタイ小説をネットに投稿するなんて、これはもう狂人の所業としか思えない。
この小説がインターネット上で「発見」されてまもなく……。
学校中で作者探しが始まった。
状況証拠からして、犯人はこの学校の生徒で間違いない。
一時はどのクラスもこの話題で持ちきりになり、何人かの生徒が魔女狩りのようにあらぬ疑いをかけられもしたが……
……連載から約半年。
学校での盛り上がりがピークを迎える中、「ヤマシロ・サーガ」のデータ、全五百章からなる膨大なテキストは突如としてネットから削除された。
どんなものであれ、ブームは熱しやすく冷めやすいもの。
データ削除を契機に騒ぎも徐々に鎮火していき……。
作者は誰なのかという謎こそ残ったものの、痛い中二病ファンタジー小説の話題は教室から消えたのだった。
「ちょっと考えたんだけどさ……」
如月はボールペンをくるくる回しながら言った。
「夏休みの活動、
レポートとか作っちゃった方がいいと思うの」
「レポート?」
「うん。休み中に集まるのはいいんだけど、
遊んでばっかりだと二学期始まってから文句言われちゃいそうだなぁって。
ほら最近、先生たちだけじゃなくて生徒会もうるさいでしょ?
だから前もって用意しておくの。
私たちは夏休み中こんな活動をしていました、って」
「ああ、確かにそういうのも必要か……。
けど、レポート……。
書くの大変だぜ。一応文芸部じゃん、ここ。
ってことはさ、普通の生徒が出す読書感想文のレベルは越えてないと、
なんかカッコつかないし……」
俺と他の二人の部員に、そんなの書ける気はしない。
「そしたらさ、私が全員分、全部書いちゃうよ」
「え? マジで?」
「うん。なんかこう固い感じのを、教師受けしそうなテーマで」
「それは……まあこっちとしてはありがたいけど……。
でも四人分、丸投げしちゃっていいのか?」
「いいの、いいの。
私、家に自分のパソコンあるから、帰ってからも作業できるし。
それにこういうの好きなんだよね」
如月は……自信ありげだった。
まあでも、それもわかる気がする。
「如月、文章書くのとか得意そうだもんな。
あんなに長い小説ドバドバ書けるんだし……あっ」
その瞬間、空気が凍った……気がした。
一瞬で額から汗が噴き出すが、もちろん暑さのせいじゃない。
メリメリという音が聞こえてきて、見ると如月の握りしめてるボールペンがあらぬ方向に折れ曲がっていた。
同時に背筋がぞっと寒くなる。
これは……殺気だ。
フィクションの中だけの存在だと思っていたが、向かいの如月からは確かにどす黒い何かがほとばしっている。
「……何の話かな、それ」
……まずい、非常にまずい。
如月はいっさい笑顔を崩していなかったが、手の中のボールペンはもう原形をとどめていなかった。
「小説? 私読む専門だから書いたことなんて一度もないよ」
俺は素早く目を動かした。
他の二人はこっちに気づいてない。
幸運にもさっきの失言は耳に届かなかったらしい。
「……そ、そうですよね。おれのかんちがいでした」
「ふふ、でしょ? なんでそんな勘違いしたんだろー。不思議ー」
「ヤマシロ・サーガ」の作者、如月ミコトは怖い笑顔のままそう言った。笑いながら人を殺す殺人鬼は……きっとこんな表情をしているに違いない。
如月の秘密を知った経緯を説明するには今は時間が足りない。なんにせよ、この女があの痛い中二病小説の作者であることは紛れもない事実だ。
誰であれ、人を見かけで判断してはいけない、といういい例だ。
ちなみに、このことを知ってるのは世界で俺だけとのこと。
部活のメンバーにも、クラスの友達にも知られていないそうだ。
……まあ、その方がいいだろう。
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