0−10

 反応はほとんどゼロ秒で起きた。駐車場の奥側、植え込みや藪で行き止まりのようになっている区画から、幾条ものヘッドライトの光が一斉に飛んでくる。さらに、一瞬遅れて野獣の咆哮のようなエンジン音。千津川の二輪部隊のような隠密性を考慮したおとなしめの響きでなく、一発でその手の奴らだと分かる、雷のごとき遠慮のない轟音だ。

 瞬き二、三回のうちに、雷鳴の渦が駐車場全体を覆い尽くした。ライダーは全員滝多緒の制服だ。が、メット越しに見える髪の色といい、服の着こなしといい、見るからに「私ら、グレてます」という外見の生徒ばかり。マシンの装いも禁欲的かつ機能優先の千津川とは正反対で、妙にひょろ長いハンドルのバイクやら、どう見ても小型二輪なんだけど意図不明の改造を多数施したゴテゴテしい車やら、満艦飾のようにやたらライト類を光らせているやつ、わざわざ大口径スピーカーを設置して得体の知れない音楽――断じてヒップホップやラップの類ではない――を喧伝しているやつ。数は六、七台程度のようだが、個々のインパクトが尋常ではなかった。

 はっきり言って、ひと目で関わり合いになりたくないと思える集団である。それは、千津川のカチコミ隊も同様だったろう。

「ひょうひょうひょうひょうひょう!」

「しゃーっはっはっはっはぁぁぁぁっ!」

 狂乱ライダーたちは、声の演出にも妥協はなかった。十秒と経たず、千津川勢にはっきり乱れが生じた。ただ混乱しているだけではない。滝多緒ライダーたちは多対多という戦略を取らず、最初から二、三台がかりで一台を始末する対戦スタイルで臨んでいた。チェーンや鉄パイプみたいなのが振り回される中、千津川は一台、また一台と戦線離脱していく。バス周りにいたバイクも、応援に入ろうとして、たちまち返り討ちに遭っている。

 むろん、バスの中のメンバーたちも、それをただ見物していたわけではない。

J1中一J2中二はここを守れ。状況監視、それとケガ人に備えろ。J3中三以上は全員出るぞ。くれぐれも」

 翔雄はそこで小さなため息をはさんだ。

「やり過ぎるなよ。目的は拘束なんだからな」

 イエーイっと鬨の声が上がる。そのまま一斉にバスを飛び出すメンバーたち。待ちきれなくて、サンルーフから飛び降りるのもいる。「おい、まだっ」と翔雄が叫んだ時は、出るべき者はあらかたいなくなっていた。

「あの、あたしらは」

 ステップの脇で立ち尽くしている翔雄に、セシルがおずおずと声をかけた。ちらりと振り返ってから、翔雄は投げやりに返した。

「何を手伝ってくれるつもりか知らないけど、今さら割り込めるところはないよ」

「え、でも」

「見てみろ」

 開いてる窓から翔雄が駐車場の端を指差す。セシルは窓から顔だけ突き出すようにして、夜闇に眼を透かし――

 絶句した。

「ほらほらほらほらあっ。ええ感じやろっ。エエ感じやねんでっ。ここをもっと刺激したったらなあっ」

 間近いところで倒れ伏したライダー相手に何かを振り回しているのは真知だ。バスからの明かりで、何をやっているのかは比較的はっきり見えている。むしろあまりにも見えすぎて、セシルは心底ヒキまくった。

 真知が手にしているのは例によってハリセンだが、バチ、バチと火花が散っているということは、電気ショック仕様なのだろう。それをこともあろうに、股間に向けて振るっているのだ。足でライダーの両手を踏みつけ、おそらくは転んだ衝撃でダメージを負っている様子の敵に対し、全く容赦がない――というか、アレは……いくら何でも反則なんでは。人として。

 その少し先では、杏が他の生徒たちと、すでに後ろ手に拘束された千津川のライダーを何やら詰問している。

「あなたたち、これで全員? ……数と名前を答えなければ……あらあら、黙秘権なんてあると……」

 切れ切れに聞こえるセリフが、聞いてるうちになんだか妙な雲行きになっていく。

「ちょっとそのスマホ貸して……まあ、この待受、恋人さん?……へえ、身元とかすぐに調べ……出たの? ふうん、結実さんって言うんだ……ねえ、この子が不幸になるとこなんて……悪質な架空請求とか、なぜか犯罪者呼ばわりとか……」

 相手のライダーは身をくねらせて、ひっきりなしに、やめろお、とか、よせっ、とか叫んでいるが、杏の取り調べに容赦はない。そのうちに、決定的な一言が風に乗って流れてきた。

「それじゃ、この『結実のすべて』って隠しフォルダの中身、全部吸い出してうちのデータベースにさらしたら」

 直後、ひときわ絶望的な男の慟哭が聞こえ、どうやらそこで彼は観念したようだった。

(な、なんちゅー非人道的なことをっ)

 なんだかひどく割り切れない思いが、胸いっぱいに広がってるのを感じる。

「峰間の」

「何かな?」

「あたしは確かつい一時間ほど前に、人様のフォルダの中身暴くのは人間やない、みたいな話を聞いたような気がするんやけど」

「奇遇だね。僕もだ」

「"あれ"はどうなん?」

「あれは人様じゃないからね」

「…………はあ? 人様やなかったらなんやねん」

「"敵"だろ」

 世間話みたいな口調に全然変化はない。却ってそれゆえに、その一言に強烈な圧力を感じてしまうセシルだった。

「て、敵やったらどんなエゲツないことしてもええと――」

「言いたいことは分かるけど、犯罪者でもなく、利害関係もない人様のフォルダ荒らすのと、はっきりケンカ売ってきてるカチコミ相手の弱みを押さえるのとは、僕らは全然別のことだと考えてる」

「ううう」

 逆に論破されてしまった。冷ややかにコメントを返した翔雄は、しかしそこで首を傾げて、

「しかし変だな。これまで衛倉はああいう尋問の仕方はしなかったんだけど」

「…………え」

「新手の精神攻撃に目覚めてしまったのかなあ。悪い方向に行かなきゃいいけど」

 あ、あたしのせい? あたしが余計なこと言ったからですか、それは? と、喉まで出てくるが、なんだか怖くて問いにできない。不意に、至近距離にまで杏本人が近寄ってきているのを見て、セシルは思わず悲鳴を上げてしまった。

「きゃあああああ」

「? どうしたんですか?」

「いや、気にしなくていい。それより何だ?」

「襲撃部隊の人数と個人名と予定の作戦行動、聞き取ってきましたんで」

 そう言ってクリップボードを翔雄に手渡す杏。ふと、セシルと目が合った。その途端、まるでセシルの心を見透かしたかのように、にぃっと歯を見せて笑う。

 ――めっちゃくっちゃ怖い。

 この子おかしい。いや、滝多緒全体がおかしい。

 悪の組織じゃないのは分った。一応世間並みの常識もある。けれど、彼ら評議会は、必要があればバリバリの武闘派にもなるし、アンモラルなやり口にもためらいがない。

 はっきり言ってあんまり友だちになりたくない。けど、敵に回したら、絶対にヤバい。――ここに至って、滝多緒への評価をようやく実感込みで形にできたセシルであった。

「そろそろ終わりそうだな。ケガ人は?」

「うちの陣営はほぼゼロ。敵もおおむね、大したことないと思いますよ」

「じゃ、救急車は必要ないな。よし」

 夜間双眼鏡で今一度状況を見回すと、翔雄はほっとしたように満足気に頷き、バスを降りて杏と見回りに出ていった。残されたセシルは呆然と佇み、彼我のレベル差に思わず頭を抱えようとし――

 はっと気がついて傍らを振り返る。

 貧血を起こした部下たちが、滝多緒の中等部たちに介抱されていた。

「いい見学になると思ったんだけど」

 付き添っている水枯室長が、苦笑を浮かべた。

「この子達にはちょっと早すぎたのかねえ」

「いえ、多分あいつらが……アレ過ぎるだけやと思います」



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