異形の白昼夢
街中で声を掛けてくるセールスに引っかかるドジなんていないだろう。
高級化粧品や美顔器、はたまた絵画を買いませんか……と言葉巧みに誘い出し、近くの事務所に連れて行かれる。小さくておしゃれなアトリエみたいな場所には、ずらりと美しい絵画が並び、その一点を勧められる。
最初から「これ、素敵ですね」と言わせるポジションに、絶妙な絵画が飾られているわけで……。
僕は大学の大講堂でそうしたクーリングオフの出来ない違法な手口を学んだ。
学んだ感想が。
「そんなセールスに引っかかるドジなんていねえだろう」
だった。
大講堂で同じく話を聞いていた学友の木下も「あほくせぇな」と鼻で笑っていた。
「こんな一昔前の手口をさも最新手口ですって鼻息荒く発表しちまうんだから、学校関係者と言うか、お役所仕事というか……。いつも一歩も二歩もズレてるんだよ」
「怪しいバイトで稼いでおられる木下さんは言う事が違いますなァ!」
僕が囃し立てる彼は「うっせえ」と肘で脇腹を小突いてきた。
一年の頃から同じ科目を履修している仲であり、どことなくボッチになりそうだった僕に彼はちょうどよくスッと腰を落ち着けてくれた。
顔が広いとは言うものの、大規模なサークルで群れているわけではない木下はどこか不思議な感じがある男だった。
「就職してせこせこ稼いだってしょうがない。ラクして稼ぐ。これが鉄板よ」
「それが出来りゃあ苦労しないよ」
「甘いなァ! 誰しもできるんだよ。ただ、やり方を知らないだけだ」
「そのやり方を売りつける商売もあると聞く」
「バカなことを言うなって。知恵は広く友達に伝えるべきだろう?」
彼のそんな冗談交じりの言葉に「じゃあ、教えてもらおうか」と僕は受けた。
そのあと、昼飯を食いに行くという口実で近くのファミレスへと流れた。
ファミレスで木下は「マンション投資ってやつは簡単だ。補助金の申請を受けて、それを元手に地方のマンションを買う。たぶん、長くは持っていられないから早々に売り抜けちまうんだ」と豪語した。
「そんなこと、簡単にできんのか?」
「出来るんだァ。俺を信じろよ」
「だいいち、木下はやってんの? それ」
「やってるんだ。弁護士も税理士も、腕利きのがいる。不動産屋だって、すごく優秀な奴を知っている。ぜんぶ、おすそ分けしてやるぜ」
僕は半ばそのハナシに「ふうん」と唸りながら「じゃあ……」と乗ろうとしていた。
そんなときだった。
「いけませんっ!」
キンとした声を発したのは、隣の席でドリアだかポテトだかをつっついていた女子高生だった。
平日の昼間からファミレスで昼食とはどういう女子高生だよと思ったが、彼女は僕の腕をぐいと掴むなり家出した息子を引きずって帰るみたいに。
「これは胡散臭い投資話です。友達を騙すような、悪質なやつです!」
そう声高に宣言していた。
木下が立ち上がって怒鳴る。
「勝手な事を言うんじゃねえ。なんだ、急に出てきやがって!」
「聞いちゃダメ! あなたの貯金を根こそぎ持っていかれるよ!
「資産が残るだろうが! 俺の投資は資産を残せる投資だ!」
「詐欺師はみんな、ああいうの! こっち、きて!」
女子高生はぐいと僕の腕を引っ張った。
脚をもつれさせながら、僕は彼女に引きずられた。
「うわわわっわっ! なに、なんなの!」
ファミレスから食い逃げしたと思ったら、通りかかったタクシーを止めて彼女と僕は後部座席に飛び乗った。
「どちらまで?」
「とにかく出して!」
女子高生の言葉に犬の運転手は「はいはい」と頷いて、アクセルを踏み込んだ。
光のトンネルを走り抜けていくようにフロントガラスは真っ白く輝く。
そうして光の向こう側に見えたのは……懐かしい、小学校の校舎だった。
僕はいつしか身体が小さくなり、子どもの姿になっていた。
「こ、これは……?」
「小学生のあなた。外をみてごらん」
彼女に急かされて外を見る。
そこには記憶の中に埋もれていた夏休みの景色があった。
「うわっ……」
「懐かしいでしょ。またやり直せるの」
「やり直せるの……? 小学生を?」
「そうよ。くそったれな大人にならずに済むよう、やり直せるの」
僕は彼女の言葉に大きくなずいて。
「ホント?」
「ホントよ。さあ、車を止めて。子どもの世界に行くのよ」
「でも、ドアが開かないよ?」
「そりゃそうよ。外に出るのに二百万円いただくから」
そういって詐欺師は笑い、僕の腕をぎゅっと掴んだ。
赤さび物置 HiraRen @HiraRen
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