Last Letter, Love Letter

御子柴 流歌

I have to let go.



「それじゃあね」


 そう言って彼女は涙も拭かずに背を向け、少しだけ高いヒールを鳴らしながら駆けていった。


 果たして、封筒ひとつを手に持ったまま「うん」と頷いた僕は、彼女の視線に収まっていたのだろうか。きっと、ピントも合っていないだろうし、手ぶれだってひどいはずだ。もう彼女の中には、僕を収めておけるくらいの隙間なんてありやしないのだ。


 もう一度だけでも話をしよう——。


 そんな考えは、結局甘いのかもしれない。


 せめて『待ってくれ』の一言でも、なんて考えも甘いのだろう。 待たせたことも数知れず、これ以上彼女に何かを求めるなんて。 ——そう、いつだって自分は身勝手で、それに気付いたのもこんな状況になってはじめてであって。 すべては今更だった。




 思えば、告白をしてくれたのもあの子からだし、それ以外にも何かが決まるときはあの子から。 こちら側からの話はいつでも余計なことばかりだったような気がする。


 だからこそ、彼女はああして僕に背を向けて、前に向かって進んでいったわけであって。


 だからこそ、彼女はああして涙を手で拭う時間も惜しんで、離れていったわけであって。


 そこにはきっと——紛れもなく、声が届かなくなるくらいの「距離」ができていた。




 そもそも、「最初で最後の」なんて言葉を添えて渡されたこの手紙に彼女が込めたこんなにも意図的な文章に、いくらなんでも気が付かないわけがない。


 曲解するなんてこと、僕がやっていいはずがない。自分がいちばん傷ついているのに——そして、その原因は僕なのに——それでも誰かを傷つけないようにしていた彼女だからこそ、この『過去形』の持つ意味は大きかった。


 空気を読んだか、敢えて読んでいないのか。


 僕の頬は、唇は、どちらも乾いたままだった。





     〇





 あなたに気持ちを伝えた日のことは、今でもよく覚えています。


 泣いちゃった私を抱きしめてくれたときは、ホントに好きになってよかった、って思えました。


 たくさん見せてくれたあなたのいろんな表情は私の宝物です。


 がっかりさせたこともたくさんと思うけど、それでも向けてくれた笑顔も。


 すごく、すごく、嬉しかったです。



 昨日から、手紙を書こうって思っていました。


 でも、慣れないことはするものじゃないなー、なんて思ってもみたりしてます。


 仕方ないよね、初めて書くのに伝えたいことなんてひとつくらいだから。


 ……楽しかったです、ありがとう。



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Last Letter, Love Letter 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba

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