第29話 胸騒ぎ

『チョーコ!』

『フォルトさん?』

『よかった、やっと会えた! 俺は、君に謝らないと』


 森の家の前で草むしりをしていたら、キラキラ光る金粉神官が駆け寄ってきた。

 蝶子は驚いて手を休め立ち上がると、フォルトは嬉しそうな顔で抱きついてくる。


『謝る? どうして?』

『帰ってほしくないなんて、勝手な願いを抱いた』

『…………』

『一緒にいたいなんて、勝手に思っていた』

『それは……』

『すまない、チョーコ。俺は、神官として許されない思いを抱いたんだ』


 そんな大げさなと蝶子は思うが、フォルトは真面目な顔だ。


『……だから、これは罰だ。当然の報いだろう』

『フォルトさん?』


 なんだろう。

 なにかがおかしい。

 蝶子は不安に駆られて、自分に抱きついてくるフォルトの背中に手を回した。


『なにか変だよ、フォルトさん』

『変なものか。きっと、コレは女神がくれた最後の機会だ。……君にとっては、聞きたくない言葉かもしれないが……女神の慈悲でもないかぎり、君に会えるなんてあり得ない』

『……フォルトさん……やっぱり、おかしいよ。そうだ、中に入ろう。私、今でもちゃんと食事取ってるんだよ。フォルトさんほどお料理は上手じゃないけど、でもね、毎日ちゃんと作ってるから……フォルトさんも食べて行ってよ……!』


 蝶子はフォルトの手を引っ張る。

 フォルトは笑顔を浮かべるが、そこから動かない。


『……ごめんな、チョーコ』

『ど、どうして? フォルトさんが謝ることなんて、なんにもないよ? だって、フォルトさんは私に親切にしてくれたもん、ずっと優しくて……そりゃあ、最初は変な人って思ったけど、でも……私を、普通の、人間みたいに……接して、くれて……』


 言っていて、なぜか涙が出てきた。

 どうしてこんなに悲しくなるのか分からない。

 せっかく、フォルトが会いに来てくれたのに。 

 

『君は人間だろ』

『ち、がうよ……私は』

『チョーコ……本当は……ちゃんと、君に伝えたかった』


 フォルトの手が伸びてきて、蝶子の涙を拭った。


『許されるなら、伝えたかった――俺を、君の帰る場所にしてほしいって』

『……え』

『元の世界も、この世界も、女神も勇者も関係ない。国の思惑なんて、クソ食らえだ。君の笑顔が見たい、君のそばにいたい、だからこれから先は……俺が、君の帰る場所になりたかった』


 フォルトは笑っている。

 蝶子の好きな優しい笑顔だ。 

 それなのに、おかしい。

 なぜか悲しくて涙が止まらない。


『そ、それじゃあ、ここに住もう? 一緒にここで暮らそうよ……! わ、私だって、フォルトさんと一緒にいたいもん! フォルトさんさえ、いいよ嫌じゃないよって言ってくれるなら、私――』

『チョーコ』


 フォルトが嬉しそうに目を細める。

 ぎゅっと強く抱きしめられて――。


『嬉しいよ。……たとえ、夢でも――』


 え?


 ひやりと背中に氷をいれられたような感覚。

 それで、パッと目を開けた。


 蝶子は二階の自室にて、両手で宙を抱きしめた体勢で目が覚めた。


「……ゆ、め?」


 勇者に睡眠は必要ない。

 必要ないのに、本当に珍しいことに居眠りしていた。


(あ、あれ? なんだろう、これ)


 蝶子は起き上がり、胸の辺りを押さえる。

 ――思えば、勇者をしている時も、ごく僅かだが短時間、居眠りすることがあった。そういう時は、女神の思し召しとでも言えばいいのか、必ず何かが起こる前兆で……先触れのように、夢を見たのだ。


(でも、今までとは違った。自分が夢でなにかするなんて、そういうこと一度もなかった……だったら、コレはただの夢?)


 いや、違う。

 このモヤモヤとも焦りともつかない、胸の辺りに漂うわだかまりのような不快感。


(フォルトさんに、なにかあった?)


 フォルトとは気まずい別れ方をした。

 あの時、現実を突きつけられて感情がぐちゃぐちゃになっていた蝶子は、全てから逃げるように森へ帰ってきた。

 反省したものの、フォルトの元へ行くに行けず……三日後、手紙が届けられた。

 もっと、届けに来た者はさっさと逃げ去ったが――開封してみれば、フォルトからで『神官として神殿に戻ることにしたから、森に行くことは二度とない』という別れの手紙だった。

 荷物は捨ててもいいと書いてあったがそれも出来ず、いつか返しに行かなければと思っていた。


 そんなところに、夢だ。


「……胸騒ぎがする」


 蝶子が呟けば、立て掛けていた相棒である〝聖剣〟が応えるようにチカリと光った。

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