第20話 二階にあるもの

 突然始まった大掃除。


 蝶子はフォルトに従って黙々とあちこち掃除する。

 といっても、フォルトが来てからは荒れた家が人が住んでいる家へと変化していたため人の手が入っている箇所が多く、格段に掃除もしやすい。


 一階はフォルトの独壇場であるため、蝶子は自分のテリトリーだった二階を掃除して戻ってきた。

  箒を手にして階段にさしかかると、ちょうどフォルトが二階を見上げていた。

 彼が来たばかりの頃、上がってくれるなと制止した場所だ。

 以降、彼は律儀に守ってくれて二階の階段へは近づかない。


「フォルトさん」


 階段を降りながら声をかけると、フォルトが笑みを浮かべる。


「ああ、チョーコ。掃除はこれくらいでいいだろうな」

「うん。……ねぇ」


 後数段を残して足を止めた蝶子は、掃除道具を片そうとしているフォルトを引き留める。


「どうした?」

「二階は私の部屋と物置しかないけど、フォルトさんなら自由に出入りしていいよ」


 ――その言葉に、フォルトは面食らったような表情を浮かべた。


「いや、でも……君の私的空間なんだろう? 俺がズケズケ入るのも……」

「見せたいものがあるの」

「見せたい、もの?」

「……ずっと、ひとりでやってきたけど……でも、フォルトさんは神官だから、別の視点からの意見も聞けるかもって思って――あっ……もちろん、フォルトさんが、嫌じゃなかったら、だけど……」


 少しだけ、緊張する。

 気持ち悪いと思われたらどうしよう。

 嫌だなと思われたらどうしよう。

 こんなところ、いたくないって思われたら――。


 今までは、どんなことがあっても平気だったのに、蝶子は今、久しぶりの不安を感じている。


 この人に嫌われるのは、嫌だなぁと。


 でも、フォルトには打ち明けたかった。

 彼の意見を聞いてみたかった。

 そんなこと、いままで一度も思ったことがないのに――今は、他人の意見を聞いてみたいと思っている。


「俺はかまわないけど……一体、なにがあるんだ?」

「夢と希望」

「は?」


 ポカンとしたフォルトの表情がおかしい。

 笑いたいけど、顔の筋肉は上手く動かないから、いつもの調子で告げる。


「冗談」

「ああ、冗談か……」

「ううん、やっぱり冗談じゃないかも。ちょっと本気」


 フォルトが不可解そうに首を傾げた。


「もしかして、謎かけか? ……すまん、俺は謎かけはあんまり得意じゃ……」

「女神の伝承とか噂とか、そういうのを集めてるの」

「へぇ……各神殿にも、土地由来のそういう記述書があるけど……」

 

 なんのために、と不思議そうだ。

 当然かもしれない。

 蝶子は以前、フォルトに言った。

 女神に対する信仰心なんて持ち合わせていないと。


 そんな自分が女神にまつわる逸話を集めているなんて、不思議な収集癖と思うだろうが、本題はここからだ。


「二階に、そういう資料をたくさん集めて調べてね……それで……」


 一度、言葉を切って大きく息を吸う。

 不思議そうな顔のフォルトを数段上から見下ろす。

 初対面の時の再現のようだが、あの時はどこまでも静かだった心臓の音が、今はうるさいくらいで、自分の緊張を伝えてくる。


「私ね……――女神様に会う方法を探しているの」


 誰にも邪魔されない、ひとりきりのこの森で。

 蝶子はずっと、誰も知らないその方法を探していた。

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