第7話 準備

 解消温泉旅館は、三階建で客室は結構多いが、1日、3人までしか宿泊できない。

 その為、多くの客室が空き部屋となる。故に、どの階のどの客室でお客様を持て成すかは、担当者が好きに決めていい。

 朝日とるいとの相談により、今回は、朝日が1階でるいが3階。私は2階に決定した。

 ロビーから階段を上り、2階の客室に入る。

 掃除機をかけ、窓を拭く。

 基本的な掃除を終わらせると、お着きのお茶菓子をテーブルに置いた。

 よし。こんなものか――。

 私は額の汗を拭うと客室を後にした。

 老朽化した廊下の床板をミシミシと鳴らしながら歩く。

 階段まで来て、数段下りたところで着物姿のあん先輩に出くわした。

 現れたな、ラスボスめ――。

「夕日、あなたの担当客室をチェックするわよ」

 鋭い眼光に、思わず、後退りしてしまう。

「は、はい。あんせんぱ・・・じゃなく、あん女将っ!」

「ふ〜ん。まぁ、セーフにしておくわ」

 女将と支配人の役職に就いている者が、仕事着、女将なら着物、支配人なら作務衣を身にまとっている場合は、呼びかけの際、名前ではなく、役職名を口にしなければならない。もし、順守できなかった場合には罰則がある。ただ、罰則の内容は女将と支配人の判断に委ねられる。

 今回は、あん女将の許しが出たのでセーフ扱いである。間違えずに言えた私を褒めてあげたい。

 

 あん女将は、私の担当客室に入室。

 即座に、入口の引き戸を閉めた。

 あん女将チェックの様子をうかがい知ることはできない。

 数分後――あん女将が客室から出てきた。

 私の顔に睨むような視線を向けてくる。

「まぁ、及第かしらね。おおまけでよ」

「あっ、ありがとうございます、女将」

 お辞儀をして、頭を元の位置に戻すと、あん女将は、くるりと優雅に方向転換。その美しい所作は花魁おいらんのようで私の心を奪った。

「任せたわよ。夕日。ストレスを解消させてあげなさい」

 あん女将の去り際の背中に見惚みとれていると、私同様にあん女将チェックをクリアした朝日とるいが姿を見せた。

 朝日は私の肩に手を置いた。

「夕日、がんばろっ」

 ガッツポーズのるい。

「やってやろうぜ」

 朝日とるいは、気合い十分。どこかのチャラ男先輩は、気合いを入れたらダメとか言ってたが、私はそうは思わない。気合いは絶対必要。だから、私の大いなる野望を口にした。

「目指すは花魁おいらんだー!」

『って、ここは吉原かっ!!』

 朝日とるいの声がハモった。

 あれ?違ったか――。

 私は、笑って舌を出す。

 テヘペロ。





 





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