第48話 颯太、目が点。乙女達の全力アタック①


 颯太は、皆を待たせてはいけない、と急ぎ目に弁当を食べてから声を掛けた。


「み、皆さん……お待たせしました」

「もー!ゆっくりでいいのに!そういうとこ、だぞ☆」

「「「「「だぞっ☆」」」」」

「はあ」


 ちかが仁王立ちで腰に手をやり、赤い舌を出してあっかんべえをする。


 すると。

 周りにいる五人も同じポーズで舌を出す。


(何だろう、この一体感。こ、断ればよかったかも)


 一人、まるで駆け回った犬の様にでろりーん!べろぉ!べろべろろ!と舌を動かしている笹の葉を見た颯太は、そっと目を逸らしつつ後悔し始める。


 だが。


 そんな颯太の思いとは裏腹に。


「そーた君のご飯タイムに!私達のアピールの順番を決めといたよー!」

「はあ」

「持ち時間二分間!そーた君が一番気に入ったアピールをした女子が!残りのお昼休み、二人っきりでそーた君を独占できるぅ!」

「「「「「きゃあー!!」」」」」


 女子達の全力が。


「でわでわ!一番手は!遠鳴家が誇る変態挙動女子!篠条しのじょうささぁ!」

「ふふふ……お嬢、ほめ過ぎー。照れる―」


(今の紹介のどこに褒められ要素が?!)


 颯太の、心の叫びをよそに。

 

 幕を、開けた。





 一番手、笹の葉。


 手を後ろで組みながら、とて、とて、と可愛くらしく、ベンチで座る颯太の前に立つ。


「そー君は、お山育ち。動物、好きー?」


 笹の葉は両手を猫のように丸め、にゃあん☆と鳴いた。


 意外とまともで可愛いアピールに、颯太は笑う。


「山暮らしが長かったので、やっぱり好きですねー」

「……そう、よかった。じゃあ……」


 颯太の言葉に嬉しそうに微笑んだ笹の葉が、くるり、と背中を向けた。


「……?」

「動物みたいに、してええええええええ!!」


 颯太に向かって大鷲の構えで後ろ向きに飛んだ笹の葉。


 申し訳程度にTバッグに包まれた真っ白な尻が、颯太に迫る。


「ぎゃあああああああああああああ?!」


 どっごん!


「うげふうっ?!」


 恐怖に叫んだ颯太の前で笹の葉は、錐揉きりもみ状態で頭から花壇に突っ込んだ。


 顔をかばった腕の隙間から、恐る恐る確認した颯太。

 

「……え?」


 ふうっ!


 颯太の前で、那佳が笹の葉に向かって残心をしている。


 ぴくぴくと震える、笹の葉の尻に装着された尻尾から慌てて目を逸らした颯太。


 そこで、進行役の近が体の前で腕をクロスさせた。


「ぶっぶー!笹の葉ー。変態挙動につき、あうとー」

「遠鳴さん、さっき褒めてたよね?!」

「えへんおほん。お次はぁ!久世宮聖良くぜみや せいら懐刀ふところがたなー!」


 ツッコミに構わず次の女子を紹介しようとする近に、颯太は叫んだ。


「僕、帰ってもいい?!」

「待って待って!これからが本番なの!そーた君の匂いを嗅ぎたい変態衝動女子!加賀獅かがし夏津奈なづなー!」

「変態さんしかいないの?!ちょっとぉ!」

「だいじょぶ、だいじょぶ!私達を信じて!」

「……」


 颯太は、弁当箱とマグボトルをこっそりと体に寄せた。

 いつでも逃げられるように、である。


 だが。


 颯太はすぐに後悔する羽目になる。

 すぐに逃げ出さなかった事に。



 ●



 二番手。


「青空君、よ、横に……横にぃ……しゅありすわり……しゅっ」


 加賀獅夏津奈。


 慌てて結わえたハイサイドのツヤツヤ黒髪ツインテールは狙ったのかそうでないのか、左右が不揃いアシンメトリーがワンポイントとなっている夏津奈。


 だが最初は可愛らしかったその髪型も、颯太の前で髪をイジりすぎて『何か可愛く見える落ち武者』と化している事を本人は知らない。


 周りも言えない。


 それでも可憐女子らしくスカートの裾を握りしめ、内股でモジモジと颯太を見下ろす。


 一年先輩ではあるが、先程の笹の葉とは裏腹に乙女感溢れる夏津奈に颯太もモジモジし始める。


 つられて思わず顔を赤らめる颯太。


 そう。


 夏津奈の出だしは好調、だった。


 が。


「加賀獅さん、ベンチに座りたいんですか?どうぞ」


 普段の男前が顔をひそめ、純情極まりない夏津奈。


 ニッコリと笑った颯太が座れるスペースを十分に開けても、モジモジは続く。


 もじ。

 きゅ。


 もじ、もじ。

 ぎゅ。


「じゃ、じゃあ……座らせて、もらおう……かな?」


 もじもじ、もじもじ。


 とはいえ、夏津奈は顔を真っ赤にしたまま、動けない。


 ぎゅー!ぎゅぎゅう!


 そこで、緊急事態が発生した。


 夏津奈が身悶えながら握りしめていたスカートの裾が上がっていく。


 激しく自己主張をし始めた太もも。

 夏津奈の顔を見ていた颯太は、異変に気付く。


「わ?!加賀獅先輩!太もも!太ももぉ!」

「……ん?青空君は私の太ももが、見たいのか?……あ、ああああ、青空君だけ、だ、ぞ……?ナイショ、だぞ?」


 すすすす。


 加賀獅の太もものが、露わになっていく。


「ぎゃああああ!だ、ダメえ!」


 白いがちらりと見えた瞬間に、颯太は夏津奈の両手を慌てて掴んだ。


 ぽす。


 両手を下げられてバランスを崩した夏津奈は、颯太の肩に顎を乗せる形となった。


「おおお、落ち着いてください!」


 颯太は夏津奈を自分の横に誘導しようと手を引いた。

 手遅れだと気付かないままに。


 ガシィ!


 夏津奈は颯太にしがみついた。

 すぐさま、颯太の髪に鼻をうずめる。


「くんかくんか!くんかくんか!あ、あああ!何てかぐわしい匂い!これが青空君の匂いぃ!」

「ぎゃああああ!匂い嗅がないで下さいよ!」

「私の匂いも!是非に!是非にぃ!何ならば、ペロリと味」


 ごすぅ!!


「夏津奈、時間切れと色々、あうとー」


 夏津奈と同じく久世宮家の御付き付き人である東峯琉伽とうみね るかが、ニコニコと笑いながらその頭にカカトを落とした。


 そして。


「あ、足!早く降ろして下さい!」

「颯太君、見えちゃいましたかー?もー」


 赤い舌をちろりん!と出しながら小悪魔っぽい微笑みを浮かべる琉伽。


 白目をむいてズルズルと崩れ落ちる夏津奈に足を乗せたまま、スカートの両端をふわり、と摘んだ琉伽はアウト宣告をしつつも颯太への様々なアピールを挟んでいる。


 スラリとした足の奥に見えた、薄桃色の何かの艶めかしさに慌ててそっぽを向く颯太。


 そこに。


「はい!はい!次は私ぃ!近ちゃんのアピールです!」

「もう!帰らせて下さい!」

「えっ」


 颯太の言葉に、ションボリと肩を落とす近。


「……私も、そーた君の隣でお喋りしたかったなぁ。いいなぁ……と加賀獅先輩、アピールできて」

「ふぐぅ」


 そう言われた颯太は、ベンチに座り直した。


「……もう少し、だけですよ?」

「うん!もう少しだけお願い!そういうとこ、だ・ぞ☆」

「「「だ・ぞ?☆」」」

「ええー!!」


 人数を減らしながらも、相変わらずのテンションを保ち続ける近、聖良、琉伽、那佳。


(一度引き受けたとはいえ……!胸騒ぎがぁ!は、早く昼休み終わってぇ!先輩!先輩!僕、何かピンチですー!)

(蘭だ!ふふふ、そうかそうか!)


 颯太の脳裏に浮かぶ、腕組みに仁王立ちの蘭。


 よくぞ私を思い浮かべてくれた!と言わんばかりにニッコニコである。


 

 冷や汗を掻きながら慌てている颯太を横目で見ながら頷きあう乙女達のアピールは、まだまだ終わらない。


 残る変た……乙女、人。

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