第47話 颯太、巻き込まれる。お隣争奪戦開催(第一回)

 お昼休み。

 

 弁当を入れた包みとマグボトルを手に、席を立つ颯太。


「じゃあ、行ってくるね」

「いってらっしゃい。今日は蘭えがいないからのんびりできそうだね」


 そんな和樹の言葉に、颯太は困り顔をする。


「……最近蘭先輩とずっとお昼ごはん食べてたからどうなのかな。ちょっと不思議な気分かも」

「そっか。……明日は学校来るって言ってたから、楽しみにしてなよ?蘭姉え、やると言ったら必ずやる人だから」

「あはは!そんな感じする!」


 楽しげに笑う颯太に、『蘭姉えが聞いたら颯太はまた抱き締められまくって呼吸困難だなぁ』などと思いつつほのぼのしてしまう和樹。


「ま、小説でも読んでゆっくりしてきなよ。たまには僕が付き合ってあげたい所だけど……今日は僕が一緒にいると颯太に迷惑かけちゃうかもしれないからやめとく」

「そ?大丈夫だよ?騒がしいくらい」


 和樹はやんわりと首を振った。


「僕は人目のつかない所に雲隠れするよ。一回屋敷に帰る事も考えてる。びっくりするくらいに朝からみんなと目が合うし、ちょっと一人の時間が欲しいかも」

「あー……」


 颯太は苦笑いをした。

 朝以上に熱の籠もった目が和樹に向けられている。


 そんな中。


 「夜乃院やのいん、ぷふ。ぷっくくく……」


 鈴の音のような、忍びやかな笑い声が、囁きが。

 和樹の耳に入ってきた。


 ざわめきの中でも、自分の名前が聞き取れてしまうという心理効果。


 声の主は自分の失策に気づくことなく、机に突っ伏して肩を震わせている。


 和樹は声の主にジト目を向け、遅れて気が付いた颯太は、あわわ!と慌てた。

 

 このクラスに、和樹の苦境を笑うような女子は、一人しかいない。


 そう。


 昔は遠鳴近と敵対し。

 今は和樹の天敵を自称する女子、右京院羽遊良うきょういん はゆらであった。

(※12~14話『近、颯太との出会い』参照……レイティング注意です!)

 

「くふっ。夜乃院の女装、大人気……愉快すぎ……こほけほ!横腹がぁ!!」


 隠しようもなく程に、呟きと忍び笑いが大きくなっていく。

 目が座った和樹は、すっく!と立ち上がった。


「か、和樹?!」

「颯太ごめん。一矢報いたいからちょっと協力してほしいんだ」

「え、ええ?!和樹、何するつもりなの?!」

「大丈夫。絶対に手を出したりしない」


 そう言って、ニヤリ、と笑う和樹に恐れおののく颯太。


「颯太、こう言ってほしいんだ。ごにょごにょごにょ……」

「……え?その一言だけでいいの?」

「うん。多分この言葉で、右京は静かになるよ」


 和樹はスマホのボイスレコーダー機能を発動し、颯太の唇にそっと寄せた。


「んんっ!うう、緊張するなあ……じゃ、じゃあ言うよ?」

「うん、お願い」


 和樹に言われた通り、颯太は出来るだけ低い声で囁いた。

 




(いや!何でああなっちゃったの?!びっくりした!びっくりしたよ!)


 驚きに胸を押さえながら、颯太は急ぎ足で中庭へと向かう。


 10分前。


『僕達、離れよう?』


 そんな颯太の声を、突っ伏して笑っている羽遊良の耳元で和樹が再生した結果。

 その効果は誰もが驚く程の結果をもたらした。


んーんやぁだぅ!…………ん-ん!ふぐ、ひうう!んーんぅ!うううううう!』


 正座しながら首を横に振りつつ大粒の涙を流し続ける羽遊良に、颯太がその両手をそっと握り、上下にフリフリする事五分。


 慌てた颯太と一緒に、仕掛けた和樹迄もが必死に羽遊良をなだめ。


『僕達、すっごく仲良しじゃないですか』


 濡れた目で見上げる羽遊良に颯太はそこでダメ押しの言葉を放って、事件は終息した。


(和樹も真っ青な顔して、『Uberでスイーツ山ほど奢るから!』って慌てて右京院さんをテラスに連れていったし。あんな和樹にも驚いたけど……右京院さんが泣き止んでよかった……)


 ほう、と息をついた颯太は中庭へとたどり着いた。


 が。


(あ、あれ?人、多くない?遠鳴さんに、那佳さんに笹の葉さん、東峯とうみね先輩、加賀獅かがし先輩……久世宮先輩?どうしたんだろ。今日は特等席、無理かな……)


 自分がいつも座るベンチの前で、緊張の面持ちで佇む女子達に颯太は首をひねりつつも、女子達の邪魔にならないように、そろり、そろり、と迂回しようとする。


 だが。



「あ!そーた君来た来たあ!ねえねえ!こっちこっち!」

「……え?ぼ、僕?」


 近の弾むような呼び声に立ち止まり、颯太はゆっくりと女子達に近づいていく。

 皆が、顔を真っ赤っかに、もしくはうっすらと頬を赤らめている。

 

 そんな中。

 近が口火を切った。


「そーた君!今日はお願いがありまっす!」

「うええ?!う、うん。何でしょう。僕にできる事であれば……」

「……あのね!たまには私達も、そーた君の隣でお昼休みをすごしてみたいの!」


 乙女達の覚悟を決めた表情と、近の言葉の温度差に首を捻った颯太。


「じゃあ、場所を変えてみんなでのんびりするとか。別にそれくらい……」

「それじゃ、ダメえっ!」

「え?」

「この特等席で、そーた君の隣に座りたい女子は……6人っ!でも、その権利を得ることができるのは、一人だけえ!」

「「「「「そう、一人だけえ!」」」」」

「えええ?!」


 颯太は女子達の勢いに後ずさる。


「持ち時間は、そーた君がご飯を食べ終わったらひとり2分ずつ!お昼休みは始まったばっかり!一番アピールできた女子が残りの休み時間、そーた君とお話しできる!」

「「「「「できるう!」」」」」

「ええー……」

「私達も、由布院先輩みたいに、そーた君と向かい合ってお話したいの。私達を知ってもらう為に、自分をアピールしたいの……ダメ?」


 上目遣いで、不安げに颯太を見上げる近。

 他の5人も、真剣な表情で颯太を見つめる。


「……わかった。ちょっとノリが怖いけど、それくらいなら別に気合を入れなくても……」


 颯太の言葉に、わあ!と声を上げてハイタッチをする乙女達。

 

「ありがとう!じゃあ、そーた君ご飯食べてて!食べ終わったらスタートだよ!」

「はーい、わかりました。じゃあ、失礼してご飯を頂いちゃうね」

「「「「「「はーい!」」」」」」



 颯太から少し離れた場所で乙女達が、颯太との二人っきりの時間に向けて作戦を練り、体を動かし、発声練習をしている。


(何か、変な事になっちゃったなあ……別に機会さえあればいつでも、それくらい……。ぼ、僕も何か隠し芸とか、した方がいいのかな?)


 口を動かしながら、颯太は女子達の様子を眺める。


 これから、乙女達のどんなぶっ飛びアピールが始まろうとしているのか、知らないままに。

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