第45話 颯太、慌てる。和樹の席、朝の陣


 蘭達が劇を披露した、翌日の朝に遡る。



 演劇の興奮冷めやらぬ颯太は、顔をさせながら学校へと向かっていた。


(いやあ、すごかったなあ。やっぱり鍛錬を重ね続ける人の動きって真似したくなっちゃうよね。今日も学校で昨日の話をまたみんなと話すのが楽しみ!打ち上げも楽しかったなあ……最後が怖かったけど!怖かったけど!)


 そう。


 劇に参加していなかった久世宮くぜみや家令嬢の聖良せいら、その付き人の東峯琉伽とうみねるかと同様に演劇部の打ち上げへと訪れた颯太は、『周りがどんどんと薄着になっていく事件』と遭遇してしまっていた。


(あのメンバーに食事会に誘われたら、状況によっては全力で逃げよう。そもそも大人を含めて、お酒飲んでないのにあのノリは何だったんだろう……振り返る度に薄着になっていくみんなに、。和樹は目が座ってたけど大丈夫かなあ。皇城すめらぎ先輩と蘭先輩に頼まれて女子の格好してたみたいだから後悔してるのかなあ)


 颯太は和樹の気分が晴れていたらいいな、と教室の扉を開けた。




 その中が。

 暴風圏内だったとは知らずに。

 




 ぴしり。

 教室に入った瞬間に、颯太は腰を落としかけた。


 様々な激しい感情が入り乱れている教室内。

 いつもなら何も考えずにクラスメイト達に挨拶をする颯太も、一時様子見を決めた。


(な、何だろ。うちの山の大将ツキノワグマさんの縄張りに侵入者が入ったような感覚)


 ビリビリで。

 ギリギリの。

 息苦しい空間。


(?!)


 颯太は目を剝いた。


 その気配は、机に突っ伏している和樹のものだった。

 分厚い辞書を机に立てて、音楽を聴きながら寝ているように


 だが。


 明らかに起きている。

 

(うわ……怒ってるなあ。何かあったのか、な?)


 それでも、和樹が心配で、そろり、と近づいていく。


 何故か颯太の事をキラキラとした目で見つめているクラスメイト達に首を傾げながら、和樹の横の自分の席に、とすり、と座った颯太。


 和樹の頭がびくりと動き、顔を傾けて颯太をジっと眺めた後に嬉しそうに笑った。


 おかしい。

 何かがおかしい。


「おはよ。どうしたの?鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

「……大丈夫?何かさ、怒りのオーラ見たいのがさっき見えたけど」


 まるで、枯れ果てた荒れ地に、ひっそりと咲く花を見つけたような。

 この、表情は。


「いや……ほら、さ。昨日の舞台で……僕が女……」





 がらがらっ!

 ビッターン!!

 



 びっくぅ!!!




 大きな音を立てて開いた教室の扉に驚く生徒達。




「「あ」」




 振り向いた颯太と和樹の声が重なる。


 最近恒例とも言える、蘭の『ご挨拶』である。

 蘭が颯太を見つけて、嬉しげに笑う。


「颯太、おはよう!」

「おはようございます。今日も楽しそうですね」

「無論!我が師、颯太に私の成長を見せることができた喜びとぉ!」


 ふんすっ!と鼻息の荒い蘭が胸を張り、ぽより、と揺れる胸。

 眼前で大きく揺れるその様子に慌てて顔を背ける颯太。


「む?……喜びとおおぅ!」


 ぽよりぽより。


「先輩、わざとやってませんか?!」

「蘭だ!当たり前だ!もっと私を見んか!」

「へぶ?!」


 蘭に頭を抱えられて、ううー、ううーと藻掻きながらタップする颯太には構わずに、再度机に突っ伏した和樹に。


「おお、和樹!早速、持参してきたぞ!綾乃に借りを作ってまで借りてきたのだ!」

「……」

(意味がわからない!借りを作って借り?!もがあ!)


 和樹は黙っている。

 颯太は蘭のお胸さんという弾力の海でもがく。


「颯太、和樹のチャイナドレスと、スクール水着どちらが良いと思うか?」

「ぶは!ぜえぜえ…………え?まさかとは思いますが、女子用ですか?」

「和樹に男子の格好をさせて、颯太は嬉しいのか?私がおるだろう」

「言っている事がよくわかりませんよ?!」


 ふふふ……と笑う蘭に、あわあわ!と目を回す颯太。

 クラスメイト達は和樹に、期待にあふれた熱い視線を送っている。




夜乃院やのいん。恋を、しようぜ?)

(和樹君、男の娘、おときょのきょ!うっへ……うっ)

(アンタ、昨日からびっくんびっくん、何なのよ?!)

(こ、このシャッターチャンスで金を稼ぎまくって……夜乃院と海に行くんだ)

(……スク水だな、ぷっくくく)




 颯太が蘭の胸の中で苦しんでいる間に、絡み合うクラスメイト達の想い。


 ちなみに最後の言葉は和樹の天敵にも似た存在、和樹の弱点を見つけてはほくそ笑む右京院羽遊良はゆらの笑いであったりする。


 四面楚歌。

 四面楚歌のような状況に和樹はゆら、と立ち上がった。


「蘭えがそういう事言うから周りがエスカレートするんだよ!」

「……?可愛いと言われて何が悪いのだ?」

「ぶっはあ!先輩、僕を窒息させようとする頻度増えてませんか?!」

「蘭姉えか綾乃さんが着なよ!」


 周りからの様々な絶叫が響き渡った。

 妄想暴走超特急、お通りです。


 三人の誰がスク水でも、良しっ!

 野次馬たちのほとんどがそう考えた瞬間。


 そこで。


 キーン、コーン。カーン、コーン。


 始業の予鈴が鳴り響いた。


「む?和樹、お前の教室は上の階だと何度言えばわかる。はよう行け」

「だから違うって言ってるでしょうが!蘭姉え!」


 キョトンとする蘭と、ギリギリと歯噛みしている和樹。

 すると。


「もう!蘭先輩、ほら先生と僕に怒られちゃいますよ~」

「む、そうか。それはいかんな。颯太、また後でな」


 そう言って颯太の顔をさらさらと撫で、くるりと背中を向けた蘭に。


「すっげえ!さすが旦那パワー!」

「あれが青空君の実力!特別待遇生赤ブレをいとも簡単に!」

「俺も青空に弟子入りしてえ……」


 そんな周りの反応に肩を竦める颯太と、わなわなと震える和樹。


「そんな大げさな……?あ、あれ、和樹、どうしたの?」


 颯太は慌てて和樹に問いかけた。


「昨日からずっとあれだよ……綾乃さんと蘭姉え」

「うわ」

「僕もう帰りたい……」


 しょんぼりとする和樹の肩を、ぽんぽん、と思わず叩く颯太だった。



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