第23話 颯太、渾身。そして


 風紀の教師が建物の裏へと偵察に走り、生徒が辺りに警戒する中。


 座り込んでいだ聖良が、傍らの東峯とうみねの袖を引っ張った。


「ね、ねえ!何で……何で逃げないの?早く、早く、ここから……!!」


 憔悴しきった顔で東峯を揺さぶる聖良に、辺りに気を配っていた加賀獅かがしが答える。


「風紀の本隊が到着する前に、羽村がほのめかした新手がとち狂い、戦いとなる危険がございます。また、我等を窮地から救い出してくれた御仁がいまだ……」


 加賀獅は颯太の助勢にと、裏口へと駆け出したい衝動を必死に抑えながら風紀本隊を待っていた。

 

 ギリッ!


 加賀獅が歯を食いしばる。

 東峯も手を握りしめ、建物を不安げに見つめている。


 そんな二人に、聖良は。


「羽村の馬鹿共に捕まって男なんかどうでもいいじゃない!男なんてみんな一緒!ソイツだってどうせ、助かったら助かったで!欲まみれの顔で!私を品定めするに決まってる!羽村もそんな男も、共倒れすればいい!」





 ぱんっ!





「あうっ!」


 屈み込んだ加賀獅が聖良の頬を張った。

 東峯と教師が瞠目し、聖良が唖然とした表情で頬を押さえる。


 加賀獅はすぐさま、土下座をした。


「聖良様。付き人にあるまじき無礼と、私の発言をお許し下さい。十年……共に歩んだ貴女様の友として、今一度」

「……加賀獅。加賀獅!何でぶつの?何でぶつの?!私は悪くないって……何で励ましてくれないの?何で昔みたいに一緒に泣いてくれないの?!」


 信じられない、といった表情で目に涙を浮かべる聖良。


 顔を上げた加賀獅は、膝に手を置いて背筋を伸ばす。


「私と東峯は、貴女の苦難を知っています。知らない訳がない。当代様の意向とご自分との板挟みの中、そして人身御供として捧げられる運命に、貴女はそれでも懸命に藻掻いていた。貴女なりに抗おうとしていた」





 聖良、加賀獅と東峯は。


 主従である以前に、幼い頃から聖良と共に笑い、泣き、時には喧嘩をし、手を取り合ってきた親友でもあった。


 三人が中等部に繰り上がってからは、主従という立ち位置を明確にした振る舞いに変化していったが、聖良を陰に陽に支える加賀獅と東峯の存在に、聖良は励まされてきたのだ。


 その加賀獅が。


 聖良は、ぼろぼろと涙を零す。


「聖良様。貴女は当代様の……目論見によって、不躾ぶしつけな視線に晒され続けた。男性不信になるのも、ごもっとも。今日もあの場から逃れられなければ、男の奸計通りに私達は骨の髄まで踏みにじられていたでしょう」

「……なら!何で!」


 聖良の叫びに、加賀獅は。


 これだけは聖良に届け、と願い。

 自分たちの為に苦難を選んだ颯太を思い。


 もどかし気に見悶えながら叫んだ。


「その私達をその窮地から救い出してくれたのは!体を張って助けてくれたのは!私達とは何ら関わりのない少年でございましょう!」


 聖良はその言葉に絶句した。


「私達を見捨てて逃げることもできたはず!それなのに彼は……青空君は私達を逃がして、羽村達の足止めの為に一人道場に……」


 校舎の方角から微かに慌ただしい動きを感じ取った加賀獅は、聖良に再度深々と頭を下げた。


「……無論、これが羽村の奸計でないとは言い切れません。いずれにせよ、この眼で確かめねば。羽村は屑、もし企みならば……羽村だけは」


 加賀獅は立ち上がり、教師に歩み寄る。

 そして押し問答の末に手にした特殊警棒をブン、と振り、もう一人の親友に声をかけた。


琉伽るか、校舎からのざわめきは恐らく風紀。聖良様を頼む。私は裏口へと向かう。ここで動かずば、女がすたろう」

夏津奈なづな……わかった。でも、風紀の本隊が来たら私もいくからね!」

「知らん。好きにしろ」


 唇を尖らせる東峯と笑う加賀獅の瞳が、決意を秘めて揺らめく。

 

 加賀獅は聖良に向き直って頭を下げた。

 

「聖良様、では」

「ダメ!加賀獅!東峯も、ここにいて!」

「……私が戻った暁には、いかようにも処分を」

「加賀獅!」


 聖良の叫びを背に駆け出す加賀獅。


(青空君、無事でいてくれ!)


 と、そこに。


 加賀獅の視界に入る、弓道場の裏側に駆ける人間達。


(させるか!逃すか!……今、行くぞ!今!青空君!!)


 制服を翻して走る加賀獅の速度が、上がった。





 払う。

 引く。

 押す。

 よろめかせる。

 当て身を入れる。


 突く。

 流す。

 掴む。

 蹴る。

 投げる。


 颯太によって、一人二人と羽村側の生徒が倒れていく。


「おい!ガキ一人に何してんだよ!グズグズすんな!」


 羽村の怒号に顔を見合わせた二人の男子が、颯太の左右から掴みかかる。


 が、青空颯太は乱れない。

 

 寡兵を以て、大勢にあたる。


 常に自然の中で暮らしてきた颯太にとって、様々な気配を感じ取ることは容易い事であり、また青空流を収めた母、奏女かなめの教えと出稽古から、対大勢や群れへの立ち回りを理解し、実践してきていた。





 幼い頃に母のと共に祖父のいる道場総本山を出た颯太は、青空流の手ほどきを一度も受けていない。


 颯太が覚えた青空流の技は、奏女との立ち合いの中で身に着けたもの。

 ただし、あくまでも『亜流』であると颯太は考え、奏女も颯太独自の技として、特に触れる事無く育ててきた。


 そんな奏女が事ある毎に颯太に伝えてきたのは、青空流の理念。

 それは、武芸に天賦の才を持つ颯太にとって、大事な事だと奏女は思っていた。


 その力に溺れぬように。

 正しき道を、歩めるように。

 奏女は颯太に接してきたのだ。




 戦乱に巻き込まれ、盗賊に震え。

 そんな民の叫びに応えるかのように生まれた、青空流。


 青空流は、守る者。

 守りたい大切な何かがある人々の手助けとなるべく、技を伝える者。


 奏女はその理念を肌で感じさせる為に、地方の青空流の昔ながらの乱稽古等に颯太を積極的に見学へと向かわせている。


 そして今、颯太は。


 自分の所業を棚に上げ、三人の女子を自らの欲で踏みにじろうとする羽村を、颯太は逃がすつもりなどなかった。


 



 先に踏み出した男子の出足を止め、よろめいた所をもう一方に蹴りだす颯太。

 颯太が立つ位置は、扉を閉めた時からさほど変わっていない。


 むしろ倒れている人間が邪魔となり、羽村の手勢は動きが鈍くなっている。


 そこに。


 羽村の大声が飛んだ。

 

「ふざけやがって!おい、役立たず共!!!」

「えっ……嘘!!」

「おい逃げろ!あのバカ、弓!」

「ひっ……」


 小振りの弓に矢を番えて構える羽村を見て、ぶつかり合って逃げ惑う生徒達。


「おら、死ね!」

「くっ!!」


 恐怖のあまりに座り込んでしまった女生徒を、颯太が突き飛ばした。


 矢は颯太の右肩を浅くえぐり、壁にぶつかる。

 痛みをこらえて立ち上がった颯太は、腰を抜かした女生徒の前に出る。

 

「ち、カスっただけか!」

「……貴方という人は!!仲間を殺す気ですか!!」

「あん?仲間を狙う訳ねーだろ?。大体、そいつらがそんなところに突っ立ってるからわりいんだろが!」


 狂気の視線を彷徨わせ始めた羽村に、生徒達が武器を捨てて叫ぶ。


「やってられるか!やめだ、逃げんぞ!」

「ま、待って!置いていかないでぇ!」

「裏口に回れ!」

「あ?裏切んのか?じゃあ、お前らも死ね!」


 裏口へと駆けだす生徒達の方向へ身体を向け、矢を弦にかける羽村。 

 そこに、うねりを伴って踏み込んできた颯太が弓を蹴り飛ばした。


「うぐぁ!!」


 弓を取り落としてよろめく羽村。


「ああああっ!!」


 ドゴォ!!!


 颯太の裂帛の気合と共に放たれた二段目の蹴りに、羽村が宙を舞う。

 飛ばされた羽村が床を転がり、その動きが止まったと同時に颯太は膝をついた。


「まだ、だ。久世院先輩の後難を避けるためにも……捕まえないと」


 呻くような低い声で呟いた颯太はすぐに立ち上がる。


(追わ、ないと)


 右手の先から血を滴らせ、裏口に目を向けた颯太。


 だが。


 そこでは既に、新たな闘いが始まっていた。





「羽村!迎えに来たぜ!どこにいやが……ぎゃあ!」

「くっそ!こんなの聞いてねえぞ!!」

「ち、違うんだ!俺達は金……いや!脅されただけなんだ!」

「青空君!どこだ!青空君!」


 悲鳴や怒号、様々な言葉が飛び交う中。

 次々と新手や歯向かう者共を打倒していく和樹、近、芹、那佳、笹の葉。


 そして、羽村の手の者達に先頭で向かい合うは。

 

「卑怯千万の振る舞い、筆舌に尽くしがたい。慈悲などあると思うな。覚悟するがよい」


 憤怒の形相を浮かべた蘭が、そこにいた。


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