第6話 新たな出会い

 転移門を潜り抜けた先に広がっていたのは強い日差しの照り付ける砂漠だった。太陽の位置からどうやら正午前のようだ。


『サブストーリー “サバイバル”

 目標:モンスターたちから生き残る

 難易度:C

 報酬:コイン3000 C~D級アイテム 魔法スキルブック

 制限時間:七日間

 失敗:死亡』


 始まったな。これから僕は七日間、この世界で生き延びる必要がある。

 開幕位置は最悪に等しい。このサブストーリーでは転移門を潜った後、巨大な無人島の中、ランダムで五つの地域の内のどこかに割り振られる。

 僕が割り振られたのは南の砂漠地帯。ここは昼間は強い日差しにより体力を急速に奪われながらモンスターとの戦闘を強制され、夜中は昼間とは打って変わって極度の低温に加え、昼間よりも凶悪なモンスターが大量に出現する五つの地域の中で二番目に外れの地域だ。


「それでも氷雪地域スタートじゃなくてよかった」


 もし北の氷雪地域から始まっていた場合運が悪ければ即死することもあり得たからな。

 ひとまずはこの砂漠地帯を早々に抜けるべきだろう。


 見渡す限り四方は無限に続くかに思える程同じ景色が続いている。辺り一面砂だらけ、地平線の向こうまで変わらない。

 方位磁石もないこの状況で向かうべき方向を見つける術が実はある。

 僕は開幕地点を中心にぐるぐると円を広げるように歩いていく、すると――。


「キィィィィィ!!」

「おでましだな」


 現れたのは砂と見紛う色をし、顎元に凶悪な二本の鋏を持った砂蚯蚓サンドワームだ。砂蚯蚓サンドワームは僕の足元から飛び出すとその鋭利な顎鋏で僕の脚を喰い千切らんとする。


「よっ……っと」


 砂蚯蚓サンドワームの音が聞こえたと同時に砂を蹴ってその場で高く跳んでいた僕は、鋏が閉じるのと同時に砂蚯蚓サンドワームの頭に踵を振り下ろした。

 筋力Lv15のステータスが繰り出す一撃は砂蚯蚓サンドワームの甲殻をも易々と砕き、絶命へと追いやった。


『コイン200を獲得しました』


 さて、これで僕が進むべき方向が分かった。

 この砂漠地帯では北に向かう方向にのみ、モンスターが出現するように設定されている。つまり、この砂蚯蚓サンドワームが現れた方角に歩き続ければこの巨大な無人島の中心地帯、最も安全な平原地帯に行くことが出来るというわけだ。


 方角が分かるやいなや僕は駆け出した。

 この地獄のような日差しの中走るなんていうのは自殺行為に他ならないのは重々承知の上。それでも急いで平原地帯に向かう必要があるのだ。


 それこそがこの島の最も中心に位置する巨大な黄金樹に実る黄金の林檎。これを他のアバターに奪われるわけにはいかない。

 あれは黄金樹にたった五つしか実らない貴重な代物で、僕がこのペナルティを受けてまでここへやってきた一番の理由だからだ。


 幸いなことにこのサブストーリーの無人島はかなり広大で、加えてアバターは必ず中央以外の四つの地帯からスタートする。

 右も左も分からない状態で辺りは極限の環境と凶悪なモンスター達が跋扈している世界。普通にしていれば隠れるなりその場にとどまるなりするだろうが、中央地帯に迷い込むアバターがいてもおかしくはない。


「それにしてもこれ、結構きついな……」


 気温が40度は軽く超えているように思える砂漠を駆け抜けること既に2時間は経とうとしている。

 次々に現れるcの相手もしながらのため想像以上に身体への負担が掛かっていた。


 太陽の位置は僕が初めに見た位置とあまり変わっていない。

 これが砂漠地帯の罠の一つだ。ここでは一定時間ごとに太陽の位置が勝手に変わる。なので太陽の位置から方角を逆算しようとすると痛い目を見ることになるのだ。


 そして砂漠地帯第二の罠が現れた。


踊る仙人掌カクタス・ダンサー……」


 名前のまま、踊るサボテンのモンスターだ。ただ、こいつらは僕達アバターを攻撃することはない。

 しかし、こいつらの踊りには幻惑作用があり、一度踊る仙人掌カクタス・ダンサーの踊りを見てしまったら、その踊る仙人掌カクタス・ダンサーを殺すまで幻惑状態になってしまう。


 この幻惑状態というものが厄介であり、ステータス上には何も表示されない上、自分だけでは到底気付くことのできないものなのだ。

 幻惑状態にかかると自分の意思とは反し、前に進もうとすれば後ろに、右に曲がろうとすれば左に、と反対の行動をとるようになってしまうのだ。しかも、仮にそれで反対の行動をとっていたとしても脳は自分が反対の行動をとっていたとは認識しないため、自分自身ではその変化に気付くことが出来ない。


 即座に目の前の踊る仙人掌カクタス・ダンサーを来国光で切り裂くと、その場で踊る仙人掌カクタス・ダンサーは枯れてしまった。


『初めて幻惑状態を自力で解除しました。コイン1000と称号“幻惑に打ち勝つ者”を獲得しました』


『コイン500を獲得しました』


 その特性を知っていなければ遭遇するだけで死に追いやられる可能性のある性格の悪い罠だが、ここに踊る仙人掌カクタス・ダンサーが出てくるということは砂漠地帯の終わりはもうすぐだ。


 勢いを衰えさせることなく走り続けていると、ついに地平線の向こうに緑の大地が現れた。結局ここに到達するまでの間に数えきれない程の踊る仙人掌カクタス・ダンサー砂蚯蚓サンドワームを轢き殺し、僕のコインは気づけば12000を超えていた。


 これが僕がこのペナルティを甘んじて受け入れた二つ目の理由だ。

 このサブストーリー中は日夜問わずに大量のモンスターが襲い掛かってくる。それは恐ろしいことであると同時に、チャンスでもあるのだ。


 本来モンスターを倒したところで報酬はないのだが、ここに出てくるモンスターは例外だ。通常ここにやってくるアバターのステータスでこの島のモンスターと戦うのはかなり厳しいところがある。

 そのため、この島に現れるモンスターには一体一体報酬のコインが与えられる救済措置があるのだ。


 だが、僕はここにくる他のアバター達とはステータスLvも装備も知識も違う。

 そんな僕にとってこの島はボーナスクエストと言っても差し支えない程だ。

 サブストーリーの制限時間は七日間、その間にたんまりとコインを稼ぎ、ステータスを上げさせてもらう。


 さて、そんなことを考えている間に気が付くと砂漠地帯を踏破し、僕は緑の芝生の上に立っていた。

 砂漠地帯と平原地帯の境目は無く、突然線を引いたかのように一歩先から草木が生い茂る草原地帯へと変わるのだ。


 この巨大な島の中央に当たる草原地帯はモンスターの現れないセーフゾーンでもある。そのことが示唆されている何らかの痕跡はこの島の至る所に残されているのだが、それを見つけてもここまで辿り着けるアバターは限られているだろう。


 突然目の前にウィンドウが現れた。その内容に一瞬目を落とした後、僕は即座にステータスウィンドウを開くと、コインに糸目をつけず敏捷のLvを限界まで上げると即座に駆け出した。


『黄金樹になる“黄金の林檎”が来栖紫苑によって獲得されました』


『敏捷は現在Lv30で上限です』


 想定外の一番起きて欲しくないことが起きてしまった。

 全力で島の中心に向かってきたつもりだったが、まさか僕よりも速くここに辿り着いているアバターが他にもいるなんて……!

 いや、ただ草原地帯に辿り着いただけならよかったが“黄金の林檎”を獲得されるのは不味い。


 限界まで上げた敏捷により、僕は木々の間を跳びながら全力で黄金樹の下へと駆け抜ける。

 天に向けて枝木を伸ばす黄金に輝き巨木、その姿が見えてきた。そして、その黄金樹によじ登っている人の姿も同時に目に入る。

 頼む、間に合ってくれ……!


「はぁ……はぁ……間に合った! 君っ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」


 背後から突然声を掛けたために驚いたのか、黄金樹をよじ登っていたその子は素っ頓狂な声をあげながら黄金樹のかなり高い所から地面目掛けて落下してきた。


「危ない!」


 落下してくる位置に素早く移動すると、落ちてきた彼女を受け止めた。


「大丈夫ですか?」

「だ……」

「だ……?」


 腕の中にいる彼女は僅かに肩を震わせているように思えたので心配していると突如――。


「大丈夫ですか? じゃねえだろうがぁぁ!!」

「ぶっ――」


 一体何が起きたんだ?

 あ、視界が段々暗く――。


 ♢


「ここは……」


 何だか後頭部が温かくて柔らかいもの上にあるような……。それに何だか少し甘い、いい香りがする。

 いつの間にか寝てしまったんだろうか?

 それにしても、どうしてこんなに暗いんだ?


「お、目、覚めた?」

「え?」


 仰向けに寝る僕の視界を塞いでいた何かから声が聞こえてきた。この声、聞き覚えがあるような――。


「あ」


 そうだ、僕は黄金樹の根本から黄金樹によじ登ろうとしていた女の子に声を掛けて、確か落ちてきた彼女を受け止めた所で……。


「その、さっきは突然殴ったりしてごめん……。でも、あんなに高い所にいた私を大声でいきなり驚かせたお前も悪いんだからな……?」

「あ、えっと、すいませんでした」

「おう……。それで、いつまで私の腿を借りてるつもりだ~?」

「ええ!?」


 ぶっきらぼうに彼女がそう言ったことで初めて状況を理解した。

 状況が分かるや否や恥ずかしさに耐え切れず顔が赤くなるのを感じる。

 急いで立ち上がろうとすると、僕の視界を塞いでいたものに顔面が勢いよくぶつかったが、痛くはなくむしろ柔らかかった。


「お、お前なあ……!」

「え? えと、怒らせたならすいません!」

「はあ……まあいいや、とにかくこれでも食って落ち着けって」


 そう言うと彼女は僕に向けて何かをぽいっと軽く投げた。

 咄嗟に受け取ったそれを見て唖然とした。


「こ、これってもしかして……」

「ん? そこのでっかい木になってるのが見えたから、お腹空いてたし一つ取ってきたやつ」


 彼女が僕に渡してきたのは“黄金の林檎”だった。


「取り敢えず自己紹介でもする? 私は来栖紫苑。お前は?」


 金色の長い髪、桃色の少し切れ長な大きな瞳、短く折られた制服のスカートと腰に巻いたカーディガンの間から覗く脚はスラリと長く、身長も僕より少し低いくらいで女子にしてはかなり高い。

 そして何より、膝枕された僕の視界を覆っていた、制服の上からでも分かるほどのおっ――。


「今何か変なこと考えた……?」

「いえ、全く」


 ジトーっと僕のことを睨んでくる。

 わざとらしく咳払いをすると一歩前に出た。


「僕は読売彰です」

「彰、ね。それじゃあよろしく! 私のことは紫苑って呼んで。お互い話したいこともあるだろうし?」


 差し出された手を握り返すと、紫苑は笑みを浮かべた。

 名前を聞いた僕は内心かなり焦っていた。

 何故なら、来栖紫苑なんて存在は小説の中にのだから。

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