第5話 来国光

 塩野さんと別れた僕は一人街道を歩いていた。

 気付けば日は落ち、辺りは暗くなっていた。スマホで確認すると時刻は19時を回っていた。幸い今は五月ということもあり、夜でもそこまで寒くない。


 いつものように下校中のバスの中でweb小説を読んでいたら突然web小説の世界が現実になってしまった。小鬼ゴブリンを殺し、緑鬼ハイ・ゴブリンも殺し、小説の中に出てくるあの塩野夕花を男達から救い、気がつけば一日が終わろうとしている。


 急ぎたい気持ちはあるがこの夜闇の中を歩き回って目的の場所に向かうのは避けたい。この変貌してしまった世界では法なんてものは存在しない。少なくとも僕が読んだ小説の中ではそうだった。

 そんな世界で夜に一人で外をうろうろとしていれば自ら殺してくださいと言っているようなものだ。

 近くの手頃なビルに侵入すると適当に眠れそうな場所を探す。


「お」


 鍵の開いているドアを開くと何かの事務所のような部屋だった。

 ソファーがあることを確認し、僕はソファーに寝転んだ。一度寝転んでしまうと疲労が身体にどっと押し寄せてくる。いくらコインを使ってステータスを上げたからと言っても元々僕は運動が得意なほうではないし、今日これだけ動いたのだから疲れていて当然なのだ。


「それにしても、まさか僕が塩野さんを助けることになるとは……」


『あなたの独り言を“叡智を持つ影の知恵者”が興味深そうに聞いています。“叡智を持つ影の知恵者”は貴方にそのまま独り言を続けるように言っています』


「はは、分かりましたよ神様」


“叡智を持つ影の知恵者”……なるほど、悪くない神が思わぬところで僕に興味を持ってくれたみたいだ。

 ただあくまでも小説のことには触れないように、少し思わせぶりな言い方で神からの興味を上手く惹きつけよう。


「本来なら塩野夕花はあの場で僕じゃないとある人物が助けるはずだったんですよ。そう、僕の予定ではね」


『貴方の言葉に“叡智を持つ影の知恵者”が興味深そうに笑みを浮かべています』


『知恵を働かせるのが得意な神々が貴方の言葉に興味を持っています』


 うーんもう一押しか?

 それなら――。


「きっと今僕の独り言を聞いてる神様方はどうして僕がそんなことを知っているのかと気になっているんですよね? それに僕のこれまでのまるでかの言動に」


『複数の神々がじっと貴方の言葉を待っています』


「それは――。今はまだ教えられませんね」


 にぱっと笑みを浮かべながら簡単にそう告げてやった。ここまで焦らされて神共は俺の口から続きを聞きたくて聞きたくて仕方ないだろうな。


「なので僕の秘密が知りたい神様はいつか明らかになる時を心待ちにして僕の側で見守っていてください。守護神になれば特等席で他にはない景色を見ることができるはずですよ」


 少し強気な発言だがそれくらいがちょうどいい。神ってやつは普段からありがたがられて見上げられる存在だ。だからこそ退屈をしている神々はこういう強気で生意気な人間に興味を持ちやすい。

 さあ、食いつくか?


『“叡智を持つ影の知恵者”は中々頭を使ったなと貴方を褒めています。コイン500がドネートされました』


『“叡智を持つ影の知恵者”が貴方と守護神契約(仮)を行いたいと申し出ています』


「ありがとうございます、神様。いえ、知恵と学業の神、“八意思兼神ヤゴコロオモイカネ”様、と呼んだほうがいいでしょうか?」


『貴方の発言に“八意思兼神ヤゴコロオモイカネ”は笑みを浮かべています。“八意思兼神ヤゴコロオモイカネ”は貴方のことを高く評価しています』


『多くの神々があれだけのヒントから神を見抜いた貴方の知恵と洞察力を称賛しています』


 思わぬ収穫だ。“八意思兼神ヤゴコロオモイカネ”は日本の神で知恵と学業を司る。日本神話では影が薄いが、天の岩戸・国譲り・天孫降臨と言った重大な局面で知恵を絞り、解決に貢献した凄い神だ。


 思慮深い優れた思考力を持つ神であり、彼が与えてくれる神授はかなり有用なものだ。仮契約であるため僕にくれるかどうかは分からないが、僕のことを気に入ってくれているだし、もしかしたら一発あるかもしれない。


 そんなこんなで時刻は21時に近づいていた。まだ寝るには早い気もするが、どうせ起きていたところで今夜はまだやることもない。

 早めに寝て、明日の早朝から行動を開始しよう。

 ソファーに体重を預け、目を閉じると今日一日の出来事が思い起こされた。


 世界は本当にあのweb小説の世界へと変わった。僕はこの先起こる出来事を知っている。この知識を使って、きっと僕が物語の結末エンディングを変えてやる――。


 ♢


「んあ……」


 部屋の中に入り込む陽の光が顔に当たり、眩しさから目が覚めた。

 どうやら気が付かないうちに眠ってしまっていたらしい。早朝から動こうと思っていたのだが、思いのほかぐっすりと眠ってしまったようだ。


 時刻は午前8時になろうとしているところ。サブストーリーの制限時間は残り10時間というところか。まだ時間に余裕はあるが余裕をもって終わらせておいたほうがいい。

 僕は“魔法の黒コート”を羽織ると足早に目的の場所へ向かった。


 僕が今いるのはJR町田駅からすぐ近くの道路だ。そしてこれから向かうのは泰巖歴史美術館だ。

 ここは織田信長・豊臣秀吉・徳川家康などの戦国時代に活躍した武将の歴史資料を展示している美術館で、僕はここに展示されている幾つかのものに用があるのだ。


「ここか」


 美術館の中は安土城の天守閣を再現した見事なレプリカや歴史的価値の認められた資料、甲冑や刀、火縄銃に茶室、様々な価値ある資料が展示されていた。


『戦国時代に関係のある神々が貴方に興味を抱いています』


 僕はこの中の四つの歴史的資料を手に入れたいと考えていた。

“織田信長の朱印状”、“孔雀羽装陣羽織”、そして“来国光”。

 館内を歩いていると早速“織田信長の朱印状”を発見した。


「すいません、お借りします」


 申し訳なさを覚えながら、生き延びるために僕は展示用の硝子を殴り割ると“織田信長の朱印状”を手にした。


『C級アイテム“織田信長の朱印状”を獲得しました』


 これは第六天魔王の異名で知られる、かの織田信長が佐久間信盛に対して、比叡山延暦寺を焼き討ちにしたことに伴い没収した領土を与えた朱印状だ。


『“傲慢な烈火の如き天魔”が不快そうに鼻を鳴らしました』


 上の階へと登ると今度は甲冑や刀剣が並んでいた。中でも一際目立つ、孔雀羽があしらわれた羽織りに目をつけた。それに近づこうとすると目の前にウィンドウが現れた。


『“傲慢な烈火の如き天魔”がそれ以上その羽織りに近づくならば容赦はしないと警告しています』


「え?」


 おかしい。あの羽織りは豊臣秀吉のもののはず、織田信長の家臣である豊臣秀吉の羽織りなのだから相性はいいはずなのだが……。


「すいません、神様。どうして神様は僕がアレに近づくことをそんなに毛嫌いするのでしょうか?」


『“傲慢な烈火の如き天魔”は質問されることを嫌っています。次に質問をしたら“傲慢な烈火の如き天魔”より何らかのペナルティを加えられる可能性があります』


 くそ、マジで面倒な神だな本当に……。

 名前の通り傲慢な奴だ。残念だけど“孔雀羽装陣羽織”はあきらめざるを得ないな。


“孔雀羽装陣羽織”を通り過ぎて次に近づいたのは太刀“来国光”。今度は“傲慢な烈火の如き天魔”様も騒がなかったのですんなりと近づくことが出来た。


 これこそ僕が今日ここにやってきた一番の目的だ。これは刀工・来国光が打ったとされる名刀、旧国宝であり今は重要文化財に指定される本物の刀だ。


 小説の世界では、メインストーリー#1が終わった後から世界各地にある神と関連のある遺品や美術品、文化的な品には特殊な力が与えられアイテム化した。それらには関係のある神との繋がりを強くする効果もある。


 物語の中で語られる“神”という存在は宗教や神話、伝説上のいわゆる神を指す名称とは異なる。

 小説の中で“神”という言葉が指す存在は前述のような存在に加えて、人に限らず生前に何か大きな功績を残した偉人達のことだ。

 別に絶対に死後でなければならない訳でもない。それが“神”となる基準を満たしていると判断されれば存命しながら神となる者もいる。


 僕がここに来た理由は当面の武器として使うこの“来国光”、そしてかの第六天魔王織田信長との繋がりを得るために“織田信長の朱印状”を手に入れるためだ。


『B級アイテム“来国光”を獲得しました』


 取り敢えずこれで僕が次のメインストーリーが始まるまでの間に終わらせておきたかったことは全て達成だ。

 メインストーリー#2開始前の時点でB級アイテムである“来国光”という強力の武器にD級アイテムの“魔法の黒コート”、さらに四人の守護神を持ち最序盤にしてはかなり高めのステータス。これ以上ないスタートだ。


 本当ならば織田信長とも仮守護神契約を結びたいところなのだが、朱印状を持っているにも関わらず相手からコンタクトがないとなると下手に動くのは悪手だろう。


 さて、一通りやることが終わったわけだが、次のメインストーリーまでどうしようか。思いのほか早くことが片付いてしまったので時間が出来てしまった。

 今から塩野さん達のもとへ戻ればサブストーリーもペナルティを受けることなくクリアすることができるし、そうしようか――。


「待てよ……?」


 そういえばメインストーリー#1が終了してから次のメインストーリー#2が開始されるまでの間に開催されるサブストーリー“信頼”。主人公はこれを普通にクリアしていたが、このクエストをクリア出来ない人も少なからずいた。


 サブストーリーを失敗した人々は殆どが以降のストーリーで姿を見せなかったためにサブストーリーの失敗=死だと誰もが考えたが、実際はそうではなかった。

 小説が進むことで後から発覚したことだったため僕も今まで忘れていたが、このサブストーリーを失敗してもはない。

 ただし、ほぼ死ぬことと同義のペナルティが課されるのだが……。


「もしかしたら好都合かもしれないな」


 単なる思い付きだがやってみる価値はある。上手くいけば更なる戦力強化も見込めるだろう。

 そうとなれば塩野さん達のもとに戻る訳にもいかないし、時間まで……そうだな、良いことを思いついた。


「神々の皆様ー聞こえてますか~。少し時間が出来たので、皆様に面白い話をしようかと――」


 こいつら神の大好きな刺激的で退屈を吹き飛ばすような話を聞かせてやろう。そうすれば少しはコインもくれるだろうし。


 ♢


 こうして休憩を挟みながら神相手に話し続けて数時間。サブストーリーの制限時間5分前となった。

 この間で俺の話に対してドネートされたコインが4000。

 想像以上の収益に思わず顔がにやけそうになる。


『サブストーリー “信頼”

 目標:失敗

 報酬:なし

 失敗:ペナルティ』


 サブストーリー失敗のウィンドウの出現とともに、どこからともなくラビットが姿を現した。


「次のメインストーリーまでの繋ぎとして私が考えた遊びは楽しんでいただけたでしょうか? 誰か仲間を一人見つけるという非常に簡単な目標でしたので皆さん達成できたことでしょう。所謂ボーナスクエストというやつです。それでもクリア出来なかった方がある程度いらっしゃるようですね。その方々には仕方ありませんのでペナルティを受けて頂きましょう」


 ラビットは紳士ぶった口調のまま、悪魔のように顔を歪ませ心底楽しそうに邪悪な笑みを浮かべた。

 黒のスーツに黒のシルクハット、チェーンの付いた眼鏡に黒色のステッキ。丁寧な口調で話すピンク色の兎、ラビット。一見すれば紳士的にも見えるが、こいつの本性はこういうものだ。


 ステッキで床をこつんと叩くと僕の前に禍々しい装飾の門が姿を現した。

 これがラビットの転移門か、実物は初めて見るな。


「それではサブストーリーをクリアできなかった皆様はこのゲートを潜ってペナルティを受けてきてください」


 言われなくてもはなからそのつもりだしな。

 僕が転移門を潜ろうとすると、後ろからラビットが声を掛けてきた。


「彰さん、いくら貴方とは言えどこのペナルティは生き残れないでしょうね」

「忠告してくれるのか?」

「いいえ、私は公正中立の立場。誰かに肩入れするようなことは致しませんよ。ただ、貴方の死にざまがこの目で確かめられないことだけが心残りなだけです」

「ほんっとうに性格の悪い奴だな。別に、そんなに俺の死に目に会いたいなら今やってるみたいに分身を転移門の向こうにも送ればいいだろう?」


 僕の発言にラビットの耳が反応した。


「……それも知ってましたか。無駄話はこのくらいにしておきましょう」

「ああ、じゃあラビット」

「ええ、彰さん」


 最後にラビットに向けて言い残すと僕は転移門を潜った。

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