唐沢卓郎(9)

 卓郎は「やるぞ!」と美紀に宣言したものの、具体的に何をやるのか方向性すら決まっていない。だからと言って、その事ばかり考えている訳にもいかず、淡々と日常業務をこなしていた。


 卓郎は年配者の調査の為釣りに来ていた。年寄りだから釣りと言う訳ではないがここには年配者が多い。


『最近は何処か行きましたか? いつも通りの釣り三昧ですか?』


 卓郎はここに来ると必ずと言って良い程いる、善吉に近況を聞く。


『おい、卓郎よ、馬鹿にするなよ。俺だってたまには違う事もするさ。昨日なんか繁とナンパに行ったんだぜ』

『本当ですか? ぜひ聞かせて下さいよ』


 卓郎は善吉の意外な一面を知る事が出来るかと期待した。


 善吉は昨日のナンパの失敗談を卓郎に話して聞かせた。


『そんな事があったんですか。それは災難でしたね』


 思い切って行動した二人の老人が、少しの行き違いから残念な結果に終わってしまった事に、卓郎は同情した。


『まあ、自業自得だけどな。繁を煽った罰だ。あいつの方が気の毒だったよ』

『本当にそうだ。お前にそそのかされて酷い目にあったわ』


 噂をすれば何とやらで、繁が現れた。


 だが卓郎と善吉は繁の姿を見て固まってしまう。そこには見たことの無い、背の低い禿げ頭の老人が立っていたのだ。


『お、お前その姿は……』


 善吉は驚いた為か言葉が続かない。


『なに化け物を見るような目で見てやがるんだ』

『化け物なんてとんでもない。男前じゃないですか』


 卓郎はどうフォローすべきか分からず、咄嗟に軽いジョークを飛ばしてしまった。繁の変化は明らかに昨日のナンパ失敗の影響で、自分が考えている以上に傷付いたのだと卓郎は感じた。


『調子良い奴だな。おべんちゃら言いやがって』


 そう言うと繁は善吉の隣に座り釣りを始めた。


『お前ら前から気が付いていたんだろ? 俺が年寄りって事。本当にピエロだわな』

『まあ、そう言うな。誰だって見栄はあらあな』


 自虐的な繁を善吉がフォローする。卓郎はしばらく同年代の二人に任せて、聞き役に回ろうと考えた。


『俺はよ、ただパートナーが欲しかったんだよ。エロジジイと言われるかもしれんが』

『みんな本音を言えば同じだろ』

『でも見栄を張りすぎた。相手は若くなくても良いんだ、話が合う似合いの相手であれば。そういう出会いの場が有ればなぁ……』


 黙って二人のやりとりを聞いていた卓郎の頭に繁の言葉が響いた。


『そうか、それだ! 老人同士の出会いの場を作りましょう』

『出会いの場?』


 善吉が怪訝そうな声を出す。


『この施設では多くの老人が生活していますが、殆どの人が生き甲斐を感じられず、孤独に死んでいると聞いています』


 善吉や繁に限らず、卓郎と交流のある老人達は家族から見捨てられたとの思いが強く、ただ日々を過ごしているだけの人が多い。


『老人限定の、お見合い会や趣味のサークルを作ったりして、生き甲斐を感じられるような、そんな環境を作りましょう。きっと毎日が楽しくなりますよ』

『でもどうやって年寄り集めるんだ。どこ行ってもそんなに見かけないぞ』


 繁の言う事はもっともだった。リアルが老人だからと言って、実際の歳をオープンにしている人は殆どいない。だが、卓郎はデーターベースで実年齢を知る事が出来るので、上手く使えば老人限定のサークルを作れると考えていた。


『「真実の世界」の専用掲示板で募集します。応募は俺宛のメールで。とりあえず試験的に俺の友達登録の中から、五対五ぐらいのお見合いパーティーを開催しましょう。お二人にも参加して貰いますよ』


 俺や藤本の知り合いを通じても話を拡げよう。とりあえず初回は小規模で開催して、まず一歩を踏み出すんだ。上手くいけば他の年齢にも拡げればいい。


 卓郎は少しだけだが希望の光が見えたような気がして、早く隣に座る美紀に計画を伝えたかった。



 大木は自宅のマンションの一室で、パソコンの画面を食い入るように見つめている。


「なんだ、こいつ……」


 大木が読んでいるのは、卓郎が閲覧を要求した敦也の過去ログだ。大木は敦也が里香に騙された瞬間のログを見て驚いたのだ。


 興味を持った大木は里香のアカウント履歴から千尋を割り出し、その足跡を追う。


「ゴミがゴミどもを騙して楽しんでやがる」


 千尋の行動を知り、大木は下卑た笑い顔を浮かべる。


 大木の立場と言えども、個人のログを閲覧する事は禁じられている。ましてや自宅のパソコンでアクセスする事など完全に職務を逸脱した行為だ。だが、実際にはそれを監視する人間はおらず、入所者のプライバシー保護に興味を向ける人間もいない。


「唐沢はこいつらとどう言う関係なんだ……」


 乱雑なデスクの上には探偵事務所の名刺も紛れている。大木は卓郎の身辺調査までしていたのだ。


「絶対にあいつの弱みを見つけてやる……」



「あっ」


 パソコン部屋でモニターを眺めていた卓郎が小さく声を漏らした。


「どうしたんですか?」

「敦也の友達登録に千尋の名前があるんだ」

「千尋って敦也君を騙した人ですよね。まさかまた騙そうと思って近づいたんですか?」


 美紀も自分のデスクを離れ、卓郎の画面を覗いた。


「いや、それは考えられないよ。千尋も外で傷付いて悩んでいたんだ。また男を騙すなんて考えられない」

「じゃあ、なぜ」

「それは分からん……でも、事情を知りたいな」


 卓郎は自分の正体がばれずに上手く二人と接触する方法を探す事にした。



 卓郎は美紀と協力し、老人同士のお見合いパーティーを開催し始めた。老人なので疲労度の考慮など課題はあったが、カップル成立する人も多く、大きな問題もなく概ね好評だった。


 卓郎と美紀はさらにお見合いだけでなく釣りや映画鑑賞などのサークルも主催して老人たちの交流の手助けをした。活動は回数を重ねる毎に人数も増えどんどん拡がっていった。

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