梶田敦也と中島千尋(4)

 敦也と別れてすぐ、千尋は卓郎にメールを送った。今日、自分を後押ししてくれたお礼と、敦也との関係を里香の事を含めて打ち明けた。その上で敦也に全てを打ち明けるべきか相談した。


 しばらくして、卓郎から返信が届いた。内容は、今は敦也に騙していた事を打ち明けず、もっと信頼関係を築いてからするべき、との事だった。


 メールを受け取り、千尋は自分がほっとした事に気付く。やはり本心は敦也に打ち明けるのが怖かったのだ。今は卓郎のアドバイス通り、信頼関係を築く事に専念しようと考えた。



 次の日、行きたい場所があると、敦也が千尋をデートに誘った。敦也がデートの内容を決めて誘うのは珍しい。殆どが千尋の要望でデートコースが決まっていたからだ。


『急に誘ってごめん。今日は二人でイベント広場に行きたいんだ』


 敦也の提案を聞き千尋は驚いた。


『イベント広場って出会い系でしょ? 一人で行く場所じゃないの?』

『そうだけど条件を相手に合わせて二人で一緒にいればイベントが発生すると思って……』


 確かに条件を相手に合わせて、特定の場所に同時に行けば、イベントを意図的に発生出来るだろう。


『そうね……。確かにそうかもしれないね』

『じゃあ、一緒に行ってくれる?』

『いいんだけど……』

『けど?』

『もし、他の人とイベントが発生しちゃったらどうする?』

『それは、すぐ終了させて千尋さんを探すよ』

『うん、分かったよ。行こう』


 千尋は敦也の意図が分からなかったが、取り敢えず行く事にした。



 イベント広場に着き、お互いの条件を入力する。


『こっちに行くから付いて来て』


 敦也に言われるまま千尋は離れないように付いて行った。イベント広場に来るのは久しぶりだったが、今でも千尋はどの場所で何が発生するか把握している。今、敦也が向かっている目的地が、千尋には何となく分かってきた。


 敦也が立ち止まった。


『ここでイベントが発生するんだ』


 やはり、千尋が思った通り、敦也と里香が初めて出会ったベンチだった。


 二人がベンチに座るとすぐにトコトコと女の子のキャラクターが近づいてきた。


『うわあああん!! おかあさーん!!』


 始まった。迷子イベントが発生したのだ。


『どうしたの? お母さんとはぐれちゃったの?』


 敦也は優しく女の子に話し掛けた。


『おかあさんいなくなったの……』

『よし、お兄さんとお姉さんがお母さんの所まで連れて行ってあげるよ』

『ホント! ありがとう!』


 女の子は安心したように笑顔になった。


『これはイベントなんだよ。この子をお母さんの所に連れて行けばクリアなんだ』

『そうなんだ……』


 敦也君がここに来た目的はこのイベントを私とクリアする為だったのか。


 そう思った千尋は初めての振りをして、敦也に合わせる事にした。


 女の子にお母さんとはぐれた場所を聞き、三人でデパート目指して移動した。しばらく進むとピピピピーと音が鳴り警官登場。


『君達その女の子はどうしたんだ? ちょっと話が聞きたいんだが!』


 音の鳴った方から警察官が近づいて来た。


『逃げよう!』


 敦也が迷わずそう提案した。


『分かった! 逃げよう!』


 千尋はそう応える。


 その後警察から逃れ、デパートに行き屋上までたどり着いた。


 千尋が先に隣のビルに飛び、続いて敦也が女の子をおんぶして飛び移った。


『おかあさん!』


 女の子とお母さんが再会し、パッパラパーとファンファーレが鳴り、画面にミッションクリアの文字が浮かび上がる。


『ありがとうございます。お礼にこれを受け取ってください』


 お母さんが敦也と千尋にペアの腕時計を渡す。


『これ、ペアなんだよ』


 敦也が嬉しそうに説明する。


『そ、そうだね』


 千尋はバーチャル世界で良かったと思う。後ろめたさもあり、初めてを装う事にぎこちなさが出ていて、リアルだとすぐにばれてしまっていただろうから。


『今日はこれが欲しくてここに誘ったんだ。これからこの時計を着けて欲しい。そして……』


 敦也は言いにくいのか言葉に詰まった。


『そして?』

『そして、俺と付き合って下さい!』


 敦也の告白を千尋は嬉しく思ったが、返答に困ってしまった。


『私で良いの?』


 嬉しいし望んでいた事なのに、いざ告白されると素直にはいとは言えなかった。


 私は敦也君を騙し、傷付けた。今もこうして騙し続けている。そんな私が敦也君と付き合い続けても良いのだろうか。


『もちろんです! 千尋さんだから付き合って欲しいんです!』


 今度こそは心から敦也君と付き合おう。いつか必ず本当の事を言えるタイミングが来るはず。それまでは裏切らず、二人で幸せを見つけよう。


 敦也の言葉に千尋はそう誓った。


『ありがとう。私も敦也君と付き合いたい。彼女にしてください』

『やったーありがとうー!』


 敦也が喜びの声を挙げた。千尋も敦也の笑顔を見て幸せだった。



 告白が成功した後、二人はカフェで楽しく話しをしてから別れた。だが、敦也はログアウトせず、マイルームに帰ってきた。正式に付き合いだした事を、真っ先に卓郎へ報告しようと思ったのだ。


 このメールを読んだら、卓郎はきっと喜んでくれるだろう。それを想像するだけで、敦也は楽しかった。


 次に敦也はアイテムボックスを開き、中から腕時計を一つ取り出す。里香とクリアしたイベントで貰った腕時計だ。今日のイベントで貰った物とは若干デザインが違う。敦也は里香との思い出の腕時計をゴミ箱に入れ、削除した。


『これで良い』


 今日から正式に千尋と付き合う事になったので、けじめを付ける為に思い出の品を処分したのだ。敦也にとって里香は今でも大切な存在だったが、もう心の中に仕舞っておこうと決めたのだ。


 卓郎から祝福のメールが届く。敦也は嬉しくてリアルで立ち上がり、窓を開けて外に向かって意味の無い言葉を叫んだ。



 正式に付き合いだした次の日。敦也が、マイルームでその日の服装を設定していると、ピンポンと訪問者を知らせるチャイムが鳴った。


『誰だろう』


 敦也はそれ程知り合いが多く無い。マイルームに訪ねて来る程の知り合いは数えるくらいしかいない。


『もしかして……』


 敦也は期待で胸が高鳴った。今日はデートの約束は無かったが、可能性があるとすれば、千尋以外考えられないからだ。


『はい、どうぞ』


 この言葉で訪問者のマイルームへの入室を許可出来る。


 ガチャとドアが開く効果音がして、訪問者が敦也の目の前に現れた。だが、訪問者は千尋ではなく、敦也が会った事のない男だった。


 男は三十代ぐらいに見える。設定前の初期値のような特徴の無い顔立ちで、服装もごく普通のスーツ姿だった。


『あなたは誰ですか?』


 敦也は見知らぬ訪問者に問い掛けた。


『梶田敦也、お前は騙されている』


 音声入力の設定も初期値なのか、機械的な音声で男が言った。


『俺が騙されている? 何の事だ? 俺が誰に騙されていると言うんだ』

『中島千尋と生田里香は同一人物だ。千尋はまたお前を騙している。また退所権利を餌にお前を傷付けるだろう』

『なっ! 馬鹿な事を言うな! 千尋は里香とは違う。卓郎さんが保証してくれたんだ』


 敦也は興奮して叫んだ瞬間、男は急に消え去った。ログアウトしたようだ。


『誰だったんだ……奴は』


 敦也は男の話を否定したが、説明の付かない事もある。なぜ、この男は俺が里香に退所権利の事で騙されたと知っているのだ。


 消え去ってしばらくしても、敦也はずっと男の事を考えていた。


 男の言った事はデマだと思う。だが、里香に退所権利で騙された事をなぜ知っているのだ? せっかく千尋を信じられるようになり、共に歩んで行こうと思えたのに、また迷いが生まれてしまった。


「何が本当なんだ……」


 敦也は誰にともなく呟いた。

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