高橋和人(6)

 怜奈の気持ちは嬉しかったが、和人には受け入れる訳にはいかない理由があった。


『俺は外に出られる資格がないねん。けど、お前は違う。だからお前が外に出て、俺の願いを叶えて欲しいんや』

『……願い?』

『頼む、外に出て良い男を見つけて結婚して、男の子が産まれたら、名前を良太とつけて幸せに育てて欲しいんや』

『良太……誰?』

『……俺が殺した……息子の名前や……』


 和人は搾り出すような声でそう言った。


『あれは四月後半の事や……仕事が忙しくて二週間ぶりの休みの日。嫁さんはどうしても外せない用事が有り、俺が三歳の一人息子、良太の面倒を見る事になったんや』


 和人はパチンコ台を見つめたまま淡々と話し出す。もう体力的には限界を超えているが、この時だけは意識がはっきりとしていた。


『仕事が上手く行ってなかった俺は、気分転換の為にどうしてもパチンコがしたくて堪らんかった。アホやから……。パチンコを打って一時でも嫌な事から頭をカラッポにしたかったんや。俺は我慢が出来なくなり、良太を乗せて近所のパチンコ屋に車を走らせた。良太は車に乗るとすぐ寝る子供で、着いた時には良く眠っていた。俺は五千円だけ握り締め、三十分で帰るからと寝ている良太に告げてパチンコ屋に入った。その日は曇りで気温も高くなく、熱射病なんて考えもしなかったんや』


 怜奈は和人の背中を見ながら、黙って聞いていた。


『五千円なんて、当たらんかったらあっと言う間になくなる。雰囲気だけでも味わいたかったんや。だが、そんな時に限って簡単に当たる。俺は興奮して、脳内麻薬全開ですっかり時間も忘れて熱中してた……。気が付いたのは店内で車の呼び出しがあった時。時すでに遅しで、良太は帰らん人になってもうた……』


 ここで、和人の話が止まる。怜奈は心配になったが、黙って待っていた。


『当然俺は全ての人から袋叩きや。嫁さんは俺の顔を見ると辛いからと離婚。仕事も責めるような視線に耐え切れず、辞めてしまった。周りの人には謝るしか出来んかった。でも、俺はホンマもんのクズや……それでもパチンコをやめられへんかったんやから』


 ここでまた和人の話が止まる。様々な思いで頭が一杯になるのか、しばらく時間を置いてから、和人はまた話し出した。


『子供を失った辛さや周りから責め続けられる辛さ。それらから逃れる為に前にもましてパチンコを打ち続けた。だが以前とは違いパチンコを打てば打つ程、良太の事が頭に浮かんで来て余計に辛かった。精神科に通い、生ポを受け、気が付いたらこの施設の中や……』


 「真実の世界」の和人はパチンコ台を見ていたが、リアルの和人は目を瞑っていた。その閉じた目の端から涙の雫が流れ落ちていた。


『良太が死んでから、虫でもなんでも生き物は絶対殺せんようになった……』


 和人の頭の中に、笑顔の良太が浮かぶ。


『良太が生まれ変わって「おとうさんあそぼう。お父さん喉が渇いた」って言ってる気がするんや。だから頼む! お前は外に出て幸せな家庭を作ってくれ。それで……勝手な願いやけど、良太を幸せにしてやってくれ』

『……和ちゃん……』

『俺はクズやからここでパチンコを打ち続けるわ。お前と良太の幸せを思いながら……』


 そこまで話した時点で、和人は意識を失ってしまった。



 和人はヘッドギアを着けたまま、布団の上に横たわった状態で目が覚めた。すぐに頭が働かず、なぜ自分がこうしているのか分からなかった。


 ヘッドギアを外して数秒後、和人はパチンコイベントに参加していた事を思い出し、慌ててパソコンの画面を見る。長時間何も入力されていなかった所為か、電源が落ちていた。


 和人はパソコンを立ち上げ直し、時間を確認する。パソコンに表示された日時は、イベント終了時刻を過ぎていた。丸一日半眠っていた事になる。もう一度ヘッドギアを被り、「真実の世界」にログインした。


 マイルームに入ると、メールが何通か届いている。怜奈や卓郎、敦也からの心配したメールだった。怜奈からは何通も届いており、親身に心配している気持ちが分かる。


 パチンコイベントが終了した時刻の少し後に運営からもメールが届いていた。開けて読むとイベントの結果発表で、知らない名前の優勝者と、その最終の出玉数が発表されていた。


 和人は最終出玉を見て驚いた。途中経過からすれば信じられないくらいの少ない出玉で、和人がもし終了まで打ち続けていたとすれば余裕で達成出来た数字だ。


『アホな……途中でやめんかったら、優勝出来てたのに……』


 あれだけ怜奈の為に優勝すると言っていたのに途中棄権してしまった。自分への不甲斐なさに、和人はどうしようもなく落ち込んだ。


 その時、マイルームに訪問者が訪れた。玲奈だった。


『良かった……無事だったんだね』


 怜奈は和人の顔を見るなり安堵の声を上げた。


 怜奈は和人が心配で、ログインしたまま眠らずに、和人が現われるのをずっと待っていたのだ。


『悪い……偉そうに言うてたけど、結局退所権利取れんかったわ』

『いいよ、和ちゃんが無事だったらそれで』


 怜奈の声は表情と同じ明るかった。和人は心から、怜奈に退所権利を渡せなかった事を残念に思った。


『和ちゃんに見せたいものがあるの』


 怜奈がアイテムウインドを開き、犬の形のアイコンを取り出した。すると、マイルームの中にワンワンと鳴き声が響いた。


『犬の鳴き声?』

『今日は家族を連れてきたのよ!』


 玲奈が抱っこして差し出したのはゴールデンレトリバーの子犬だった。和人はパチンコ屋の景品にあったのを思い出した。


『家族って……』

『この子の名前は良太だよ。今日から私達の子供。家族だよ』

『玲奈……』


 玲奈は和人の傷を癒したいと、一生懸命考えたのだ。その気持ちが和人は嬉しかった。


 良太……お前を忘れる事は絶対ないから少しだけ幸せになる事許してくれへんか……。


 和人は部屋の隅にティッシュで埋葬された蚊の良太に向かい心の中で呟いた。


『ありがとう玲奈……』


 和人はあの日以来初めて、前を向いて生きようと思えた。

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