高橋和人(5)

 いよいよ明日がキャンペーン開始日となった日。この二十四時間営業移行に合わせて店舗数を五倍に増やす、と運営から発表があった。席数は約千人。入所者の約一万人に対し、十人に一人がプレイ出来る程の大増量となる。


 開始当日、和人は台確保の為、早めにログインした。台の予約が始まる開店二時間前の時点で八割方埋まっている。店舗数が少なかった時でも考えられないくらいの盛況だ。和人は自分が考えていたより参加者は多い事に驚いた。


 開店時間になり、和人は目的の機種を目指す。残り一台をなんとか確保出来た。退所権利への第一関門をクリアだ。


 時間が惜しいので、和人は台に着くとすぐ打ち出した。


『ぐっ』


 打ち出すと同時に、和人は台から放たれる光の眩しさに思わず唸った。台の光源が今までよりかなり強く光っているのだ。和人はパソコンで明るさを下げたが、今度は釘など盤面が暗くなり過ぎて見えなくなってしまった。光源は強くなっているが、その他の盤面は以前と同じなので、明るさを下げると見えなくなってしまうのだ。


『なんで、こんな改悪されてんねん』


 和人は愚痴った。今まで問題が無かった部分がなぜこんな事になってしまったのか、運営に文句を言いたかったが、今はそれ所ではない。我慢出来るぎりぎりで、明るさを調整して打ち出した。


『何とか眩しいのは我慢して、あとは回転率が良いのを祈るだけや』


 プレイヤーの数からして台移動は不可能だ。最初に座った台の良し悪しで成績が左右される。


『よし、回る』


 座った台は、和人の想定以上にスタートチャッカーに入賞し、デジタルが良く回った。


 残るは睡眠の問題だ。現在のパチンコのほとんどが、通常は左側に玉を打ち、デジタルの大当たりが出れば、右側に玉を打ち変える盤面になっている。もし眠ってしまい、左側に打ち続けた場合は大当たりの出玉が取れず、玉は減る一方なのだ。短い仮眠を取りながら、大当たり時には右に打ち変える。それを七日間続ける事が優勝する為には必要なのだ。


 七日間と言う長丁場なのも注意が必要だ。全く睡眠を取らない訳にはいかないが、「真実の世界」は三時間以上何の入力もなければ、自動的にログアウトしてしまう。うっかり寝過ごしたら、その時点で負けてしまうのだ。



『和ちゃん、ここに居たの?』

『おお、今来たんか』


 しばらくして玲奈がやって来た。


『すごい人だよ。和ちゃんの隣で打とうと思ってたけど無理だね』

『俺は一週間ここにおるから、来たい時に来ればええよ』

『私もここにいる』

『ええっ……』


 退所権利が欲しくなって応援する気になったんか? 理由は分からへんが、好きにすればええけど。


 玲奈の気持ちが気になったが、和人はパチンコに集中する事にした。



 打ち始めて半日。通常であればもうそろそろ閉店が気になる時間。和人の台は大きな連荘もない代わりに大きなハマリもない。回転率が良いのもあり、確率に近い当り頻度でも順調に出玉を増やしていた。


 出玉は順調だったが、想定していた以上に体力的にきつい事が、誤算だった。台が眩し過ぎる事が原因だ。ヘッドギアを外せばましになるが、台が見えにくい為に細かな技術介入が出来ない。仕方なく和人は我慢して打ち続けていた。


『玲奈、悪いけど店の空き台状況見て来てくれへんか』


 和人は参加者の動向が気になり怜奈に頼んだ。


『うん、分かった』


 返事をすると玲奈は離れて行き、暫くして戻って来た。


『開店した時と同じ、満席だよ。みんな打ち続けているんだね』

『そうか……ありがとう』


 入れ替わりがあったのかも知れないが、まだまだ参加者達はやる気十分なようだ。和人も気を引き締めた。


『おい、もうそろそろログアウトしろよ。俺はずっとここにおるんやし』

『いや、ずっと見てる』


 怜奈は言い出したら他人の言う事を聞かない。和人は放って置くことにした。



 さらに五時間経過。和人は事前に睡眠を十分に取っていたので、まだ眠気はない。だが、徐々に疲れは溜まってきている。まだキャンペーンは始まったばかりだと思うとぞっとした。


『なあ、玲奈』


 和人は気を紛らわせたくて玲奈に声を掛ける。玲奈からの返事はなく、横に立ってはいるが魂は抜けていた。


『いや、お前寝てるやろ』


 和人はふっと表情が緩み、心が少し癒された。


『まだまだこれからや。気を引き締めて行くで』



 午前十時、開店から二十四時間経過した。


 ピコンピコンと軽い音が鳴り、パチンコ台の右上にウインドが開く。現在の一位と書かれた横にプラス四万八千六百五十三発と表示された。


『今の一位か』


 現時点での和人の出玉は、プラス三万二千発程。一位との差は若干あるが、想定内だ。これだけの人数が参加しているにしては、爆発的に出している人間はいない。まだ十分に勝てると、和人は手応えを感じた。



 二日目に入っても、和人の出玉は順調に伸びている。ただ、疲れから技術介入の精度が下がってきていた。


『和ちゃん、一度も寝てないんじゃない? 少し休憩した方がいいよ』


 玲奈が心配して後ろから声を掛ける。


『大丈夫や。まだ始まったばかりやで』



 三日目。一位との差は一万発以内。大きな連荘の波がくれば一時間で追いつく差だが、和人の出玉は思うようには伸びていかない。和人の体力はとっくに限界状態で、気絶したかのように眠ってしまい、ハッと気が付くと時間が二,三十分経過している事が度々あったからだ。体への負担を考えるとヘッドギアは外す方が良いのだが、今の状況だと確実に深い眠りに入ってしまうので外せない。


『怜奈、また開き台の状況を見てきてくれへんか』


 和人が後ろにいる怜奈に頼む。他の参加者の動向が気になるのだ。


 ライバルが減ればそれだけ楽になる。正直、和人は自分以外の参加者が全て棄権してくれと祈るような気持ちであった。


『変わらず満席だったよ……』


 怜奈が戻って来て、自分の所為でもないのに申し訳なさそうに言った。


『そうか……』


 おかしい。もうそろそろ諦める奴が出てきてもええと思うが、まだ満席やなんて……。大体七日間もぶっ通しでパチンコ打ち続けるなんて異常やぞ。運営は俺らの健康状態とかどう考えてるんや……。


 あかん。疲れで思考がネガティブになってるわ。文句は終わってからや。体が壊れても絶対に勝つんや。


 和人は朦朧とした意識の中で疲れと戦っていた。



 四日目。一位との差は六千発程。出玉は十万発を超えているので誤差程度の差しかない。 


 和人は自分が起きているのか寝ているのかも良く分からない状況で、打ち続けていた。


 音量を最大にして、大当たり時のファンファーレで意識を戻し、右に打ち変える。ただそれだけを続けていた。


 

 五日目。一位との差が四千発。一度もトップに出る事は無かったが、差は確実に縮まっている。あと少しでトップと言う事実だけが、和人の意識を支えていた。



 六日目。一位との差は二千発。和人の出玉は大きく伸びてはいないが、トップとの差は縮まっている。参加者全員が出玉を伸ばす事より、完全に寝てしまってのログアウトをしないようにするのがやっとなのだ。もちろん和人もそうだった。


『怜奈、また店内の様子を見て来てくれへんか』


 和人は眠気を紛らわす意味もあって、怜奈に頼んだ。


『もうやめて、お願い! 私権利を貰っても絶対ここを出ないから、もう諦めて休んで……』


 和人の頼みに応じず、怜奈は涙声で訴える。


『あかん。お前はここにおるべき人間やない。外に出て幸せな家庭を作るんや』


 意識が朦朧とするなかでも、和人は棄権する気は無かった。


『外に出てパチンカスやない、優しい普通の男を見つけるんや。子供を産んで幸せになれよ』

『私、和ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌だよ! 外に出なくて良い、ここで一緒に暮らそうよ』


 リアルの玲奈は泣いていた。

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