中島千尋(5)

 翌日から始めた、千尋の幸せ探しは順調とは言えなかった。目的も無く町に出ても寂しさを感じ、かえって幸せからは遠くなった気がした。


 一体どうなれば私は幸せになれるんだろうか? 終着点が分からない。外の世界であれば、心から信頼出来る異性と知り合い家庭を築き子孫に囲まれながら一生を終える。型通りではあるが目標は見える。でも、この閉鎖された空間での幸せとは何だろう?


 卓郎さんに傍にいて欲しい、支えて欲しい。そう考えるのはすでに依存し始めているからなのかな。卓郎さんが距離を取っているのはそういう判断なのだろうか。



 千尋はまた出会い系カテの公園にいた。恋人でも友達でも気持ちを分け合える人が欲しいと思ったからだ。


 広場を歩いて声を掛ける相手を探した。女は待っていても声を掛けられる可能性は高い。だが、ナンパ目的の相手より心の繋がりを期待できる相手が欲しかったから、千尋は自分から声を掛ける事にした。


 とりあえず友達からと思い、女性に声を掛ける事にした。気を付けないといけないのは女性キャラだからと言って、女性とは限らないと言う事。ネカマもかなりの確率でいるのだ。


『こんにちは』


 千尋は一人でベンチに座る女性に声を掛けた。


『ああ、こんにちは』

『初めまして、中島千尋と言います。お話したいのですが、横に座って良いですか?』

『どうぞ、私は山下佳代。よろしく』


 山下佳代は派手な服装のはっきりした顔立ちの美人で、千尋からすれば昔の同業者のようで親しみ易かった。ただ実像と見た目が同じとは限らないのは千尋も理解している。


『女だけど良かったのかな。もしかして男を待っていたとかない?』


 千尋は佳代に遠慮してそう聞いた。


『いや、別にどちらでも良かったの。誰かと話がしたかっただけだから』

『それは良かった。えっと佳代さんって呼んでいい?』

『いや、佳代でいいよ。私も千尋って呼ぶね。どうせここじゃあ、年も関係ないだろうし』


 佳代はさばけた性格のようで話も弾んだ。久しぶりに同性と会話して千尋も和んだ気持ちになれた。


 千尋と佳代はその後、毎日のようにショッピングや娯楽に出掛けた。夜の街にも出掛けたり、一人で行動するのとは違う楽しさで千尋は夢中になっていた。



 出会って半月ほどした日に、千尋は佳代の部屋に招待された。部屋はおしゃれなアイテムでコーディネイトされ、居心地が良かった。


 しばらく雑談をしていると不意に佳代がキスを迫ってきた。驚きはしたが、千尋は無理に拒否せずに受け入れた。


 勿体ぶる程清らかな体でもないし、これからの付き合いを楽しく過ごすには応じる方がいいと判断したのだ。でも、千尋は少しだけ寂しいと感じた。


 佳代は攻めるのが好きなのか積極的だった。千尋はあえて佳代に合わせ、うぶな振りで対応した。だが気持ちは全く盛り上がらずどんどん醒めて行く。


 事が進むにつれ、千尋は違和感を覚えた。恐らく性的な経験が少ない女なら気が付かなかっただろう。佳代は男でネカマであった。


『ごめん……もう止めてくれないかな』

『どうしたの千尋? レズは嫌だった?』

『ううん……と言うかレズじゃないよね』

『えっ?』

『いや、それはどうでも良いの。男でも女でも……ただ嘘吐かれていたのがショックだっただけ』


 千尋は心の中で、お前がどの口でそんな事言えるんだと自分を責めた。


『待ってくれ、女だと嘘を吐いたのは謝る。ちゃんと男として出直してくるから改めて付き合ってくれないか』

『ごめん。あなたの事責める気はぜんぜんないの……ただ私が欲しかったのはセックスフレンドではなく、心から信頼出来る相手だった……だからごめん』


 そう言うと千尋はログアウトした。


 千尋は泣いていた。これは男達を騙していた自分への報いだ。自分はそれ程酷い事をやっていたんだ。そう思い、千尋は布団に顔を押し付けて泣き続けた。



 またしばらく千尋は何もする気が起きなかった。やはり自分には幸せになる資格などないのだ。そんな投げやりな気持ちになっていた。


 余りにも落ち込んでいたので、千尋は卓郎にメールで愚痴ってしまった。卓郎はいきなり上手くは行かないさ、と慰めて、気分転換に旅行でも行ったらどうかと提案してくれた。


「旅行か……」


 「真実の世界」での旅行に、どれ程の気分転換の意味があるのか、千尋は疑問に思った。ただ、何もしなければ何も変わらない。それだけは分かっていたので、旅行に出掛ける事にした。


 場所は北海道。北海道は外の世界でも地元に近く、千尋にとって大好きな場所であった。


 いろいろな観光名所を回っていると気持ちが少し晴れてくる。


 千尋はお気に入りの小樽オルゴール堂に行ってみた。


 オルゴールを見て回っていると、一人の男と近づきリアルモードに切り替わった。少し背が低い以外は特徴の無い男は、一人で佇み、一つのオルゴールをじっと見つめている。


「あ……」


 千尋は男の見ているオルゴールに見覚えが有った。敦也が千尋に選んでくれた物だった。


『あの、そのオルゴールは……』

『あ、すみません。はい、どうぞ』


 男は慌ててオルゴールを千尋に差し出した。


 その時、千尋は男の名前に気付き、驚いた。男は敦也だった。


 えっ、なぜ……敦也君がここに? いや、姿形も全然違うし別人? でも、あのオルゴールを手にしていると言う事はやっぱり本人なの?


 千尋は以前騙した敦也と思われる男と突然再会し、戸惑ってしまった。 

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