29話 【呼び出し手】と第四の神獣

「ふあー、とっても楽しかった〜」


 大きなあくびをしたローアはふかふかのベッドにぼふん! と倒れ込んだ。

 皆で王都を回っていたら、いつの間にか日が暮れてしまっていた。

 それで俺たちは手近な宿を取って、そこに泊まることにしたのだ。

 ……ちなみに部屋はローアたち三人と俺とで二部屋にするつもりだったが、三人から謎の大反対を受けて今に至る。


「アタシも一日中美味しいものが食べられて大満足。人間の街で食べ歩きってのもいいね〜」


 幸せそうなオーラを出すフィアナも、ベッドにごろ寝した。

 それからマイラがベッドに横に腰掛け、ふぅと一息ついていた。


「わたしも人間の街を歩いた経験は少なかったから、目新しいものばかりで心が弾んだわ」


 それからふと、俺に聞いてきた。


「ちなみに【呼び出し手】さんは少し横にならなくて平気?」


「……ええと、確かに横になりたい気持ちはあるんだけどさ」


 俺は気になっていたことを口にした。


「いくら一部屋でって言っても、ベッドが大きなのが一つってどうなんだ……?」


 ……そう。

 何を想定した部屋なのかは知らないが、ここには大きなベッドが一つしかない。

 一応四人でのびのびと横になれそうな大きさはあるものの、そのベッドの上は今、女の子三人が占領している。

 要するに年頃の男としては、堂々と横になりにくい状況なのだが……。

 マイラはくすりと微笑んだ。


「あら、いいじゃない。もう何度も皆で寝ているんだから。それとも……【呼び出し手】さんはわたしたちと寝るの、嫌かしら?」


 余人が聞いたら誤解を生みそうな言い方だったが、マイラの言葉を聞いてかローアとフィアナが「えっ」と俺の方を見てきた。

 ……何でか二人とも、裏切られて捨てられる寸前みたいな表情だ。

 俺は妙な罪悪感を覚えて、少しだけ慌て気味に言った。


「い、いやいや。そんなことないぞ? 寧ろ皆で寝たほうが安心できると言うか、暖かくていいと言うか……」


 ローアとフィアナはもっともだと言わんばかりに何度も頷いた。

 また、マイラの方は何故だかくすくすと笑っていた。

 ……まさかマイラ、この状況を見越していたとか……ないよな?

 うん、多分ないと思いたい。


「でも三人とも、少し休むだけならまだしも本格的に寝るなら汗を流してからにしないか? 一日中歩いた後だから、ちょっと汗ばんでるし」


 この宿の女将さんにさっき聞いたところ、近くに王都の住民がよく使う公衆浴場があるらしい。

 それも結構広くて、この時間帯ならまだ開いているだろうって話だった。


「うーん、それもそうだね。このままゴロゴロしてたら本当に寝ちゃいそうだし、体を綺麗にしに行こっか」


 それから三人を連れて公衆浴場に向かった俺は、そこでローアたちと一旦別れた。

 ……男湯と女湯が別々なんだから当たり前だが、「一緒に入ろうよ〜!」とローアに女湯に引っ張り込まれかけた時は死ぬかと思った。

 社会的な意味で。

 しかし無事に男湯で汗を流せた俺は、ローアたちより一足先に宿へ戻ることにしていた。

 その理由は、また単純なもので。


「皆、いつも家で温泉に浸かってる時は長いしなぁ。今日も多分ゆっくりしているだろうし、俺は先に戻ってたほうが……ん?」


 王都であっても夜分遅くで人気のないこの時間帯では、人の声も物音もよく通る。

 そんなだからか、さっきから近くで足音が聞こえる気が……。


「気のせい、か? いや……」


 さっきからあたりを見ても、周囲には人影はない。

 なのに何故だか、不思議と何らかの気配は感じ取っていた。

 ……神獣の力を扱えるようになってから、不思議と「野生の勘」じみたものが強くなっている気がする。

 その勘が俺に、近くに何かが潜んでいると強く告げていた。

 俺は一応と思い忍ばせていた短剣に手を伸ばし、いつでも引き抜けるようにした。

 ……と、その時。


「ほうほう、勘は悪くないようだな。これは面白がって隠れない方がよかったか」


 誰もいない筈の背後からした囁き声に、俺は短剣を引き抜いて即座に振り返った。


「誰だ!? ……っ!?」


 振り向いた少し先では、闇が捻れて人型が現れていた。

 しかも瞳は赤い輝きを放っていて、一瞬魔物かと思った……が。


「そう警戒なさるな、取って食うつもりはない。驚かせたことは詫びよう」


 凛々しい声の主は街灯の下までやってきて姿を見せた。

 その姿は、赤い瞳にさらりとした銀髪の女性だった。

 けれど頭にはぴょこりとした獣似の耳がついている。


「……獣人?」


 女性の姿を見て、俺は思わずそう口走った。

 すると女性はふしゃー! と言わんばかりに機嫌を損ねてしまった。


「これ、妾をあんな野生児どもと一緒にするでない! ……ちなみにそういうお主はよく隠しているものの、【呼び出し手】スキル保持者だろう? 何、妾の目は誤魔化せんよ。……お主も良い加減、ここまで聞けば察しはつかぬか?」


「もしかして、あなたも神獣……?」


 指輪をつけているのに【呼び出し手】だと看破されるとは思ってもみなかったが、逆に今の俺を【呼び出し手】と看破可能なのは神獣くらいじゃなかろうか思った次第だ。

 それに姿を完全に闇に溶け込ませる能力なんて聞いたことがないが、神獣としての固有能力だと思えば不思議じゃない。

 獣耳の女性はうむ、と満足げに頷いた。


「よいよい。妾が神獣だと察せると言うことは、これまでにも神獣と出会い生き抜いてきた強者であると言うこと。それでは満を持して、名乗らせてもらおう……!」


 女性は青い炎を纏い、その身を変化させた。

 柔らかに輝く銀の毛並みに、特徴的な長い耳。

 加えて尾の数は九本で、野生の獣にはない神々しさがあった。


「妾はクズノハ、悠久の時を駆ける九尾の妖狐なり。今宵はお主に話があり姿を見せた」


 九尾の妖狐……古い伝承内にて語り継がれる、東洋の神獣。

 その九尾の妖狐ことクズノハは、俺の近くまでやって来てから軽く頭を垂れた。


「頼みがある、妾と共に来てはくれぬか?」


「……その理由を聞いても?」


 九尾は数千年も生きるとされる存在であり、東洋では文字通り「神」として祀られることさえあると聞く。

 そんな九尾のクズノハから共に来てくれと言われても、何やらとんでもないことに巻き込まれる気がしなくもない。

 また一体どんな大層なこと言われるのだろうかと思ってたら、クズノハは大真面目な表情かつ凛々しい声音でこう言った。


「茶飲み友達が欲しいのだ」


「……えっ?」


「茶飲み友達が欲しいのだ」


 よほど大切なことなのか、クズノハは間髪を入れずに同じことを二度言った。


 ……風呂上がりに夜道を歩いてたら、九尾に茶飲み友達が欲しいと言われた。

 世の中何があるか分からないって言うけど、これはその典型例ではなかろうか。

 そんなことを思いながら、俺は少しの間だけぽかんとしていた。

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