28話 【呼び出し手】とドラゴンの趣味

 降り立った森を抜けて少し。

 俺たちの前には王都を囲う巨大な城壁が現れていた。


「うわぁ、こりゃまたおっきいね……!」


「人間の建築術の結晶、といったところかしら……?」


 心の底から驚いた、そんな声音のフィアナとマイラに自然と俺も頷いていた。

 城壁の規模はとんでもないが、高さの方も森の木々が小さく感じられるほどだ。

 こんなに大規模な建造物を見たのは初めてだったので、俺は少しの間ぽかんと見つめてしまった。


「お兄ちゃん、見惚れるのもいいけど早く行こうよ〜」


 ぐいぐい腕を引いてくるローアに苦笑して、俺たちは城壁に設けられている門へと向かった。

 大体この手の城郭都市は門に検問が設けられているって噂は聞いていたけど、やはり王都もそうであるらしく門では衛兵が待ち構えていた。

 しかし王都に出入りする人間が多くて逐一調べていられないのか、基本的には衛兵が気になった人を呼び止める程度に留まっていた。

 流石に大きな荷馬車などは中身を簡単に検められていたが、俺たちは軽装の旅人といった様子だからか特に問題なく通ることができた。


「人がいっぱい。この分だとお兄ちゃんとはぐれた時とか、匂いを辿れないかも」


「お互い迷子にならないようにしないとな」


 俺たちは王都各所に設けられている案内板を見て、まずは換金所に訪れていた。

 別の街とはいえ、前に何度か魔物の素材を換金したことがあったので手続きなんかもスムーズにいった。

 それから持ってきていた財宝の一部を差し出し、鑑定を待ってから換金してもらったところ。


「……ちょっ、これ嘘だろ!?」


 金貨がずっしりと詰まった袋をいくらか渡されて、俺は声が上ずってしまった。

 デスペラルドが溜め込んでた財宝は素人目から見ても中々の値打ちものだと感じたものの、まさかこれほどとは……。

 神獣三人も「おぉ〜」と声をあげているが、今の俺たちは半ば小金持ち状態だった。


「と言うか、ほんの一部を換金しただけでこれって……」


 我が家にある財宝を全部換金したら、一体どうなるんだろうか。

 適当な街の土地を買ってそこに家でも建てられるんじゃないか、そんな気配すらある。

 ローアはずっしりとした袋を手にとって、俺に聞いてきた。


「これだけあれば、お買い物も足りる?」


「足りるどころか間違いなく滅茶苦茶余る。三人とも、欲しいものがあったら色々買えるよ」


「あ、それ結構嬉しいかも! もう気になるお店がちらほらって感じだし」


 フィアナは物珍しげに周囲の店を眺めながらそう言った。


「でもまずは、必要なものから買って行きましょう? そのために来たんだから」


 マイラの言うことはもっともだったので、俺たちはまず調味料や各種消耗品などから買うことにした。

 流石に王都、質が良いものが多いしまとめ買いすれば単価も安い。

 それに今度は三人の誰かに買い物を任せることになると思うので、物の良し悪しの見分け方なんかもざっくりと説明していった。

 それから買い物をあらかた終えた俺たちは、一旦休憩しようと広場の長椅子に腰掛けていた。


「王都って人も物もたくさんだね。それに……」


 ローアは露店で買った串焼きを幸せそうに頬張りながら言った。


「美味しいものもいっぱい!」


「同感よ。【呼び出し手】さんの作る食事も美味しいけれど、たまにはこう言うのも悪くないわね」


「……」


 マイラもゆっくり味わうようにして、串焼きを食べていた。

 なお、フィアナの方は食べるのに夢中で無言になっている状態だ。


「それで食べ終わったらどうする? 行きたいところとかあるか?」


 俺はともかく、ローアたちはこうして人間の街に来た経験はほぼ皆無だろう。

 だからこそ今日は、買い物以外はローアたちの好きなようにさせてやりたいと思う。

 ローアはしばらく考え込んでから、ひらめいたように言った。


「お兄ちゃん、わたし行きたいお店があるんだけどいい?」


「構わないぞ、ちなみにその店って?」


 串焼きを食べきった俺たちは露店の店主に金串を渡してから、ローアの後について行った。

 ローアが向かった先は、さっき買い物をした時に通り過ぎた書店だった。


「ここか、ローアが来たかったのって」


「うん。ちょっと本が欲しいなーって思ったの。いいかな、お兄ちゃん?」


「軍資金も大量だし、問題なしだ」


 そう言うと、ローアは嬉しそうにしながら書店へ入って行った。

 それに続きながら、フィアナが意外そうに言った。


「しっかしローアが本かあ、結構高尚な趣味を持ってんだねー」


「まあ、意外に思うのは俺も同じだよ。ローアってどっちかといえば活発だしな」


「いえ、でもそこまで小難しい本は好かないみたいよ?」


 ウインクするマイラが見ていた先にいたローアは、絵本……とまではいかないにせよ、読みやすそうな小説を手に取っていた。

 俺はローアのところまで行って、聞いてみた。


「ローア、良さげなのはあったか?」


「うん、いくつか」


 ローアはページを捲りながら、うーん、と可愛らしく唸っていた。

 こんな姿のローアをどっかで見たような……と思ってたら、最近ローアが本を読んでいたのを思い出した。


「本、好きなのか?」


「実は最近好きになったの。お兄ちゃんが持ってた本はちょっと難しかったけど、読んでて面白かったから。……それにね」


 ローアは後ろにいる俺に軽くもたれかかり、柔らかく微笑みながら言った。


「これからお兄ちゃんと暮らしていくなら、人間の文字をもっともっと覚えなくちゃって。そう思ったの」


 それからローアは店の中を物色し続け、気に入ったらしいものをいくつか購入した。

 満足げな表情のローアに、俺もどこか嬉しくなっていた。

 ……ただし、本が好きなローアや、図鑑などを眺めて書店をそこそこ楽しんだらしいマイラとは対照的に。


「うぅっ、文字ばっかり見てると目が回りそう……。いや、アタシは文字読めるけど。それでも……ね」


 フィアナはあまり読書が得意ではないようで、若干目を回している様子だった。

 神獣でも苦手なものはとことん苦手らしいと、俺は少しだけ吹き出してしまった。


「もぉ……あまり笑わないでよ。ご主人さまのいじわる」


「悪かった悪かった」


 若干拗ね気味なフィアナをなだめながら、俺たちは書店を後にするのだった。

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