19.5話 【魔神】の思惑

 ソレはいつから在ったのか。

 少なくとも時間にして数百年という間、ソレは地下深くに存在していた。

 だがソレは活動していたのではなく、ただ眠り続けていた。

 要するに数百年間、何に対しても害のないただの無害なモノであり続けていたのだ。

 ……人間の感覚で言うところの、つい最近までは。

 しかしながら、眠っているということはいつか目覚めるということ。

 そしてソレはついに、何かに引かれるようにして目覚めの時を迎えた。


『U、URRRRR……』


 数百年分の飢えと渇きを満たすため、ソレは地中を移動しては夜な夜な地上に這い上がり、肥沃な土地の動植物を丸ごと貪り尽くしては地中に戻って行った。

 木々も、獣も、魔物も、人間も……果ては若い神獣すらも。

 たとえ神獣であっても、たかだか一体のみではソレの単なる餌にしか過ぎなかった。

 そうして本能的に飢えを満たすことしばらく、遂にソレは自身の名を思い出せる程度に飢餓の狂気から理性を取り戻していた。


『オレの名前は、デスペラルド……。【七魔神】が一柱、デスペラルド也!!!』


 暴食によって魔力と体力を取り戻したソレことデスペラルドはまず、自身の姿が泥に煤けたみすぼらしいものだと気がつく。

 今までは飢えを満たすこと以外に頭になかったが、ああ、冷静になってみればなんとみすぼらしい姿か。

 かつて世界の覇権を握りかけた【七魔神】たるこの自分が!


『……何より、復活したばかりとは言え【七魔神】たるオレが居城すら持たぬとは。先立った同胞に嗤われたところで、文句も言えぬな』


 デスペラルドの言う同胞たちとは、先の大戦で滅ぼされた一部の【七魔神】のことだ。

 人間ごときに敗れたと言えば冗談にも聞こえようが、相手は忌々しい神獣どもの力を束ねて戦いを挑んできた【神獣使い】だった。

 一体では餌に過ぎない神獣も、幾重にも力を束ねれば脅威となる。

 同胞がいくらか敗れたのも、デスペラルド本人が地中深くにまで追いやられたのも仕方がないといえよう。


『同じ轍を二度も踏まんとするなら、備えねばなるまいな……。もう一度この世を手中に収めるにしても、準備は必要であろう』


 それに復活した数百年後のこの世界に、また【神獣使い】となる人間が現れている可能性もある。

 ならば備えるべきだ。

 まだ復活したばかりで力が完全ではない以上、我が居城は堅牢にして守衛は数多であるべきとデスペラルドは考えた。


 そこでデスペラルドは自らの力で地中を切り開き、自らの居城であるダンジョンを生み出した。

 ダンジョンからは「親」のデスペラルドの命が続く限り、「子」である魔物が生まれ続ける。

 そうやって力を蓄え配下の魔物を増やし続けるデスペラルドだったが、ふいにとある強い「何か」を、運命にでも引き寄せられるかのようにして感じ取った。

 その「何か」を感じた土地には雑兵のような魔物の気配はなかったが、巨大な魔力が三つ存在していた。

 それは忘れる筈もない神獣の魔力であり、自身はそれらの魔力に引かれて目覚めたのだとデスペラルドは確信した。


『これは僥倖。神獣を三体も食らえば、力を全盛期にまで引き戻すことも可能であろう……!』


 加えて神獣の中にはドラゴンもいるらしく、ドラゴンの縄張りとなれば他に魔物の気配がないのも納得だった。

 これは久方ぶりに美味い食事にありつけそうだと、デスペラルドは地下のダンジョンを拡張してドラゴンの縄張り内にあった洞窟にまでその勢力を広げていた。

 そして時が来たら、デスペラルドは配下を伴って神獣どもを攻め滅ぼしに行く……そんな算段であったのだが。


『ク、クカカカカ……!』


 ダンジョンの奥深くまでを揺るがす爆轟と激震、それに配下の魔物どもの唸り声。

 どうやらたった今、神獣たちの方からダンジョンへとやって来てくれたらしい。

 それを感じ、デスペラルドは歓喜に打ち震えていた。


『よい、こう言った趣向も嫌いではないぞ。【七魔神】たるオレに挑みかかって来るとは何と酔狂な者どもか……!』


 デスペラルドは『何故隠蔽していたダンジョンが神獣たちから先制攻撃を受けたのか』と一瞬のみ考えたが、そのような瑣末ごとはどうでもよいと戦闘への熱い衝動に思考を任せた。

 ダンジョンの主はその最奥にて鎮座し、挑んで来る侵入者を全力で真っ向から迎え撃つ。

 それが古くからこの世界に伝わるルールであり、神々の時代より伝わるしきたりでもある。

 そしてそれは古より存在していた【七魔神】のデスペラルドにとっても馴染み深いルールであり、デスペラルドの最も好く「遊興」の一つだった。


『では勝負といこう。勝者が敗者を食らう、単純明快なこの世の真理を見せつけてくれよう……!』


 デスペラルドはダンジョン奥深くの玉座に鎮座しながら、骨の頭をカラカラと鳴らして笑った。

 傷ついた侵入者を嬲るのは容易かろうと、そんな余裕を思い描きながら。


 ……ちなみに、これは余談ではあるが。

 デスペラルドは少し前に「このような脆弱な駄作、我が居城の汚点なり」と評して、ダンジョンから生まれた一匹の子魔物を地上に打ち捨てていた。

 なお、その子魔物ことミャーの存在が呼び水となり、神獣たちが「魔物の潜む洞窟」と言ってこのダンジョンを探し当てる結果に繋がったことを。


 ……デスペラルドが知る日は、恐らく来ないであろう。

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