19話 【呼び出し手】と魔物の渓谷

 ミャーを置いて小屋を出た俺たちは、これまで入っていなかった魔物の縄張りへと足を踏み入れていた。

 ローアの力で最近魔物は見なくなったものの、例のあるかもしれない洞窟から一気に飛び出してくる可能性もある。

 俺は長剣や短剣なども携行して、有事に備えるようにして移動していた。


「……しかし魔物の縄張りって、人間じゃ活動しようとか絶対思わない場所があったりするもんだな……」


 今俺たちが進んでいるのは、渓谷の際だった。

 真横には、石を投げたら下まで落ちきるのが見えないほどに深い渓谷。

 本当ならこんな道は通らないに越したことはないが、この辺りは蔦や巨木が密集していてこの場所しか通り道がなかった。

 それに岩肌についている足跡や爪痕を見るに、前にここに住んでいたコボルトたちもこの道を使っていたらしい。

 俺は下を見て、思わず息を飲んだ。


「こりゃ落ちたら怪我じゃ済まないよな……」


「そりゃ落ちないに越したことはないけどね。万が一の時は怪我する前にアタシが拾い上げてあげるから安心してよ、ご主人さま」


 フィアナは俺を安心させるためか余裕そうな笑みを浮かべているが、実際俺が落ちても問題なく助けてくれるだろう。

 聞けば不死鳥はドラゴンほどの耐久力はないが、素早さならドラゴンをも凌ぐらしい。

 その速度は全神獣の中でも随一で、フィアナ曰く自分は不死鳥の中でも特に素早さに自信がある方なのだとか。


「ああ、誰かが落ちたら本当に頼む。と言ってもローアもマイラも神獣だし、危ないのは俺だけかもしれないけどな」


 俺は苦笑しながら、岩陰だらけで薄暗い足場を踏み外さないよう先へ進んだ。

 当初はローアに乗っていけたら良いかと思っていたが、洞窟を探して渓谷を滑空している最中に岩陰から魔物に飛びかかられたらと思うと正直ゾッとする。

 さしものローアも誰かを乗せて飛んでいる時は動きが重たくなるようだし、皆揃って渓谷へ真っ逆さまよりはこうして自分の足で移動していった方がまだ良いだろう。


 また、ただ歩いているだけだからか暇そうにしていたローアだったが、いつの間にか俺の前を歩いて周囲をきょろきょろと見回していた。


「お兄ちゃん。ここは少し前までコボルトの縄張りだって言ってたけど、ちょっと納得かも」


「そうなのか?」


「うん、わたしの故郷にも似たような場所があるから。暗いけど静かで涼しくて、よそ者が入って来ても警戒して動きが遅くなる岩だらけの場所。……わたしからすれば少し岩が柔らかめだけど、巣を作るにはもってこいじゃないかなーって」


「なるほどなぁ……」


 隠れる場所も多そうなことから、ここはコボルトにとって天然の要塞みたいなところだったのかもしれない。

 それでもローアのブレスを受ければ渓谷ごと崩されそうではあるし、コボルトも逃げ出す訳だ。


「そう言えばフィアナやマイラの故郷ってどんな感じだったんだ?」


 まずフィアナが懐かしげに、それでいて楽しげに話し出した。


「そうだね……。アタシの故郷は海向こうの火山の中と言うか、おっきな火口とその近辺って感じかな。生まれも育ちもずっとそこ。住んでるだけで火山から火の力ももらえるし、不死鳥にとってはこれ以上ないくらいに良い場所だったよ」


 次にマイラはくすりと微笑んで、ゆっくりと話し出した。


「わたしの住んでいた場所は海の中。水の力を持った多種族の者たちと共存する、少し変わった都だったわ。それでもいつも賑やかで、わたしはその雰囲気が案外嫌いじゃなかったけれどね」


「皆、何だか人間の俺からしたら想像もつかない場所に住んでたんだな……」


 流石に神獣、常日頃から火の中水の中に住んでいると。

 前にも似たようなことを思った気がするけど、そりゃおとぎ話として語り継がれるようにだってなるだろう。

 ……まあ、いつもそういった特殊な環境にいるから凄まじい能力を持っているのかもしれないが。


「ご主人さま、もしよかったら今度連れて行ってあげよっか? アタシが力を託した剣を持っていれば、ご主人さまも結構熱に耐えられると思うし」


「フィアナの力が篭った剣って、熱耐性まで付与してくれるのか」


 また突飛な話だが、フィアナが自信ありげに言っているので本当なんだろう。

 しかしこうなると、色んな神獣の力を束ねて魔神を倒したと言う初代【呼び出し手】は一体どんなびっくり超人だったのやら……。

 まさか人間でありながらローアすら軽く超える力とか持ってたんじゃないだろうな、と俺は薄っすら疑い始めた。


「……いや、山奥でのんびり暮らしている俺とはあまり関係なさそうな人か。第一魔神とやらは初代が滅ぼしたって話だし……」


「お兄ちゃん、止まって」


 ふと真面目な声音で言ったローアに従い、俺は足を止めた。


「フィアナ、マイラ。あそこ……変な感じがしない?」


 ローアが指を差す先には、渓谷の一角にある暗緑色の蔦の群生地。

 俺からすれば単なる蔦の塊に見えるが、フィアナとマイラは至極大真面目な表情で頷いた。


「……確かにおかしいわね、あそこだけ周囲空間の魔力が断たれている感覚があるわ」


「こりゃ大分怪しいね、それっ!」


 フィアナが人間の姿のまま手のひらに火球を作り出し、高速で放った。

 ドオン! と爆発音が轟いてから、焼け落ちた蔦の塊にぽっかりと穴が開く。

 するとその先には、薄暗い空洞が広がっていた。


「崖下に蔦で隠れた洞窟、ね。どうにもキナ臭いわね……」


 フィアナの警戒した物言いに、俺は「どうする?」と聞いた。


「危なそうなら、このまま素直に引き返そう。怪しい場所があると分かっただけでも収穫があったってもんだし」


「……ううん、お兄ちゃん。そうもいかないみたい」


 ローアは光をまとって、瞬時にドラゴンの姿になった。

 ……その直後。


『GUOOOOOO!!!!』


 洞窟の中で待ち構えていたのか、様々な魔物の入り乱れた群れが洞窟の中から次々に出て来て、崖上の俺たち目掛けて這い上がって来た。

 その数はざっと、三十体はいるんじゃなかろうか。

 俺は内心冷や汗を垂らしながら呟いた。


「こりゃ早くも当たったみたいだな……!」


「でも連中は待ち伏せする魂胆らしかったし、先制攻撃しなかったら間違いなく不意打ち食らってたよ!」


「彼らの様子から察するに、そのようね」


 警戒するフィアナとマイラもまた、不死鳥とケルピーの姿に変化した。

 俺も長剣と短剣を引き抜いて、押し寄せてくるコボルトの群れに対して神獣たちと共に迎え撃つ態勢を取っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る