第32話


 要するに八神は、ずっと肌身離さず身につけていた腕輪には、麻紀の長年の罪悪感や自己嫌悪、妬みや嫉みが溜まっているのだと言いたいのだろう。

 あの塊を作り上げてしまうほどに、麻紀の負の感情は並大抵ではない。


 それが欠けてしまったことで不完全な形となり、それを補おうとどこからともなく、他人の負の感情を常に引き寄せるようになる。と言いたいのだ。


 そうなれば麻紀は、不幸の連鎖の渦中に放り込まれることになる。

 それでも、麻紀はこの石たちを手放せそうにない。

 もうずっとこの石たちと共に過ごしてきたのだから、壊れてしまったからもう捨てるということは、簡単にはできない。


 石を見つめて黙ってしまった麻紀に、八神は肩を竦めると懐から小さな巾着を取り出した。

 新たに見つけた水晶の欠片と、一緒に見つかった石を巾着の中に収めると、麻紀のもとへ戻ってきてまた膝をつく。


 そして麻紀から藍玉を取り上げるとその巾着の中に入れ、麻紀の手を取って握らせる。

 もう護ってくれない、捨てた方がいいとまで言っておいて、どうして可愛らしい巾着に入れて持たせるのか。


 麻紀は八神の行動に首を傾げながら見上げる。




「君はそれをずっと手放さなかった。それは何故?」



「この石が、護ってくれるって……」




 嫌いだったはずの父に言われたことをずっと覚えていた。

 この腕輪を作るときに、初めて秘密にされていた存在に触れたこと。

 出来上がったときに、いつになく真剣な声で言われたから、それをそのまま信じていた。

 この石たちは本当に自分を護ってくれるのだと。




「でも、嫌なことや理不尽なことは起こったでしょう? それでもこの腕輪を捨てなかったのは何故?」




 確かに、特にここ数年だけを考えても、驚くほどの理不尽にさらされた。

 それでもこれを手放さなかったのは、




「天然石、好きだったから……」



「小さい頃から、児童向けのじゃなくて、しっかりした鉱物図鑑読んでるような子だもんね、君は」



「何で知っているの?」



「うーん、内緒」




 口元に手を当てて笑う八神の姿は、天然石のたくさん入った箱を持ていたときの文則とは違うはずなのに、どこか懐かしくて麻紀はまた泣いてしまった。




「この石たちにはもう、神が宿っているんだろうね」




 唐突な八神の言葉に、麻紀は目を丸くする。

 先程といい今といい、どうして八神は文則と同じことを言うのだろうか。


 麻紀の顔を見て、いたずらっぽく笑って見せた八神は立ち上がる。

 相変わらず八神の手は、温かいのか冷たいのかわからなかった。




「八百万の神って知ってる?」




 差し出された手を取って、麻紀は立ち上がる。




「それが今まで君を護っていたんだよ。それから君のお父さんの願いが、ね」




 麻紀が立ち上がると、八神はすぐに手を引っ込めて背を向ける。

 そしてのんびりと歩きだしながら論じてみせた。




「最初はただの石だったけれど、君が自分の意志で物を選んだ。そしてそこに君のお父さんの願いが込められて、ずっと肌身離さず一緒だった。そのおかげでその石たちには神が宿った。付喪神と似たようなものかな。だからあの塊から、君を護ることができたのです」




 いつの間にか出ていた月の光に照らされて、八神が振り返る。

 そして掌をひらひらと振って見せた。


 その手には先程の巾着が収められている。

 麻紀は慌てて自分の手元を見るが、当然巾着はなかった。




「ほーらほら。大事なものなんでしょ? ちゃんと持ってないと」




 くすくすと笑いながら麻紀が取りに来るのを待つ。

 むっとしながら八神に向ってずんずんと近づき手を伸ばす。




「あの塊は、君自身が生み出したものです」




 文句を言おうとした麻紀の口は、あんぐりと開けられたままになってしまった。

 八神はまた麻紀に背を向けると巾着をくるくると指で弄びながら歩き出す。




「あの塊はしばらくは出てこない。けれど君が今のままなら、またそのうち現れることになるよ。そのときはもう君のお父さんも、この石も護ってくれない」




 八神は麻紀から少し離れたところで立ち止まり、振り返る。

 巾着は八神の掌でゆらゆらと揺れている。




「君のお父さんは、君がやがてああいったものを生み出すことになると分っていたんだろうね。君、小さいときに変なもの見なかった?」




 確かに幼い頃に、麻紀は普通の人には見えないものが見えていた。

 それを同級生や先生に言うと、嘘つき呼ばわりされた。

 そして両親に言うと困った顔をされたものだから、次第に見えても黙っているようになった。

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