第6話


 それを見た社長は麻紀から離れて園田の方へ向かう。

 そしてすぐ帰ってくると麻紀を見てにたにたと笑った。


 麻紀は手を止めない。



「おい、遅ぇぞ」



 園田に向って社長が茶化すように言うと、園田は慌てて商品棚の影から麻紀を見た。


 麻紀は無視をする。


 マジすか、と言って園田は首を引っ込める。


 店の外にある段ボールの山が大きくなり始めた頃、来客を告げるチャイムが鳴った。

 支店の段ボールを回収しに、本店から専務が到着したのだ。



「おはようございます」


「んおー」



 新しい段ボールを取りに行く途中、専務と鉢合わせた麻紀は、挨拶をするが専務は麻紀と目を合わせないまま、空返事をしてトイレに入った。


 麻紀は全く気にせず新しい段ボールに提灯を入れる。

 それがいっぱいになると店の外へ押し出す。


 いつの間にか社長と園田はどこかへ行ってしまった。

 店には段ボールを押し出す麻紀と、得意先との長電話が終わらない店長、それからトイレから出てこない専務だけである。


 なんとか店の外に段ボールと押し出すと、専務の営業車の荷台が開いていたので、軽めの段ボールを積む。

 いくつか積んだところで入らなくなったので、荷台のドアを閉めて店に入る。


 すると専務がトイレから出てきた。

 荷物を積んだことを報告すると、専務はまた空返事をして車に乗り込み本店へと帰っていった。


 次に来た時に積みやすいように段ボールを動かしていると、営業車が麻紀の目の前にびたりと停車した。



「おっはよー、暑いな」



 中から軽い調子で長井が降りてくる。

 ズボンの後ろポケットに入っている長財布から伸びたチェーンが、営業車にあたって音を立てた。



「おはようございます、暑いですね」



 顔が真っ赤になった麻紀とは対照的に、涼しい顔で荷台のドアを開けた長井は、手前にあった重たい段ボールを一つ積むと颯爽と本店に帰っていった。


 暑さで真っ赤な顔で額に汗が浮き出ている麻紀は、空を見上げた。

 白い染みなんてどこにも見当たらないほど、真っ青な空だった。

 大きな鳥が一匹、飛んでいるのが見える。


 麻紀が大きく深呼吸すると、いつの間にか駐車場に入ってきてた車から人が降りてくる。

 社長夫人と息子だ。

 社長夫人は、店の外に一人立っている麻紀を見るなり遠くから怒鳴る。



「誰も居ないからってサボってたら今日中に片付け終わんないよ! うちの息子にどれだけ働かせるつもり? あんたがうちの子にバイト代出すっていうの?!」


「すみません」


「すみませんじゃないよ、まったく!」



 色白の顔を、怒りで真っ赤にしながら店に入っていく社長夫人の後ろを、息子は会釈をして逃げるように入っていった。

 麻紀も会釈を返すと店に入る。




 男手が増えてからは早かった。

 昼休憩のために一旦作業を中断しても、三時には支店の片付けは終わってしまった。


 それもそのはずである。

 息子が来てからは、社長や園田はもちろんの事、専務や長井が支店で片付けを始めたうえに、腰の重い店長までもが働き始めたのだ。


 本店へ送る最後の段ボールが園田の営業車に積まれると、息子を乗せた社長を含む、全ての営業車は本店へ行ってしまった。

 残すは店の掃除と商品棚の配置換えくらいだ。


 ここまで一滴の水も飲んでいない麻紀は休憩室へ行き、自分のロッカーから水筒を取り出してお茶を一口飲んだ。

 すると社長夫人が休憩室に顔を出し、麻紀を見つけると説教を始めた。


 支店にいる女性従業員は一人ではないはずだが、重労働も含めてあちこち動き回っているのは、麻紀一人だけだった。


 遅い、のろい、気が利かない、周りを見てない、息子よりも使えない、と散々好き放題言ったところで、社長夫人の携帯が鳴る。

 アイスを買って帰るから好きなものを言え、と社長から連絡のようだ。


 何が好きかと聞かれた麻紀だが、昼食もまともに喉を通らなかった身からすれば、何も欲しくはなかった。

 しかし無理をして食べなければいけない状況である。

 それでも腹に入れてしまえば吐きそうだったので、丁重に断った。


 可愛げのない、と吐き捨てるように言い残して休憩室を出て行った社長夫人に、麻紀はため息を吐いた。

 もうひと口だけ水筒のお茶を飲むとロッカーへしまい、麻紀はお盆用の展示飾りを、来年に向けて片付け始めた。


 途中、視界がちらつき耳鳴りがしてふらついたが、麻紀はそれを無視した。


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