第5話
この店の閉店時間は夜の七時。
それより早く店を閉じるかどうかは社長が決める。
店長は麻紀を通して、社長に早く帰りたいと言っているのだ。
そこへ短い間隔で靴が鳴る音がした。
社長夫人が来る。
麻紀は四つ目の飾り提灯を片付ける手を止め、自分の定位置へ向かった。
麻紀が片付ける途中の物を見て、社長夫人が鼻を鳴らす。
自らの定位置であるパソコンの前に、椅子がきしむほどの勢いで座った社長夫人は、冷たい紅茶に口を付ける麻紀に向って言い放った。
「大丈夫よ、店長。どんなに手が遅い子が居たって、うちの息子が来ればすぐ終わる」
「おー、今日は息子が手伝いに来るんか」
「そうそう。働かざるもの食うべからずってね。帰ってきたら小遣いもらえると思われても困るからね。一日バイトさせることにした」
「へー、千円くらいやるんか?」
「いやいや、他のよりよく働いたらその分だけあげるのよ」
社長夫人は紅茶をすする麻紀から目を逸らさない。麻紀はいちいち取り合わない。
「……もう始めるか」
かん、とプラスチックのコーヒーカップを机に置いて社長が立ち上がる。
麻紀が残りの紅茶を一気に飲み込むと小さく返事をして立ち上がると、園田が慌てて電子たばこを片付けて立ち上がる。
麻紀は解体途中の飾り提灯を箱へしまうと、今度は大きな提灯を片付けるために移動した。
そこでは社長が、床に胡坐をかいて先に大きな提灯を解体していた。
麻紀が少し離れたところにしゃがむと、社長はちらりと麻紀を見て手を止めた。
社長はズボンのポケットから電子たばこを取り出すと、麻紀が解体している様子を眺めながら一本吸った。
麻紀はえづきそうになるのを堪えながら、一つ目の大きな提灯を箱へしまう。
二つ目を解体し始めると社長は立ち上がって園田を呼んだ。
少し離れたところで大きい飾り提灯を解体していた園田が、商品棚の影から顔を覗かせる。
社長は人ひとり余裕で入れそうな段ボールを園田に持ってこさせると、それを引きずって行き、麻紀が片付けた小さい飾り提灯を収め始めた。
それが終わると、段ボールをまた引きずって麻紀の所へ来る。
すでに解体し終て箱に収めてあった物を、社長は無言で次々に段ボールへ収めていく。
麻紀が一つ解体し終われば箱に入れて待つ。
終われば入れて待つ、を繰り返して箱がいっぱいになると、園田に新しい段ボールを持ってこさせていっぱいになった段ボールを、外へ運び出すように言う。
社長はその間一切麻紀に話しかけない。
麻紀も社長に話しかけない。
そうして三つ目の段ボールがいっぱいになった頃、どこからともなく社長夫人が現れた。
「息子迎えに行ってくるけど、なんかいるものある?」
もちろんこの問いは麻紀に向けられたものではない。麻紀は無視して手を動かし続けた。
「いらん、はよ行け」
ぶっきらぼうに社長が答えると、社長夫人は足早にその場を去ろうとした、が。
「あんたが遅いから社長が暇になってるじゃないの。さっさとしなさい!」
と言って店を出て行った。
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