第二章19「本来の持ち主」


 疾風とも暴風とも言える風が森中を駆けていく。

 まるで嵐が来たと言わんばかりに木々が騒めき、空模様は徐々に荒れつつある。

 雲の流れが早くなり、そんな異常気象に魔力の片鱗があるのを読み取れたのは、ごく少数の冒険者だけだった。


 そして、その少数の冒険者のほぼ全員が、こう思った。


 ――『八強序列』が来たのか!?


 遠くからでも分かる威圧感、大地が喝采し、自然が歓喜している。

『八強序列』に名を連ねる程の実力者がここに来たのかと錯覚させる程の圧が『聖樹の森』中に轟いた。


 既に魔剣が発見されたのならば、ここにいる必要はない。

 何より、魔物が騒ぎ立てる様な、こんな威圧的な覇気にいつまでも身を晒したくない。そのような理由から、ギルドの管理人含め、全員がこの森から離れる事となった。


 しかし――。


「こいつは良い、上質だ――」


 ただ一人、一人の男だけは臆する事なくその中心へと向かって行った。

 その男、魔剣を追い求めて八十年。

 人生の四分の一を魔剣蒐集に勤しんでいる彼には、こんな異常事態も日常の延長線上にある。


『元剣神』イアス・ダレン――過去に八強序列に名を連ねた事もある偉人が、魔境と化しつつある奥地へと足を踏み入れた。


 ==


「待て待て待て待て待て待て――――っ!!!」

「アッハッハッハ!! おいおい、どうしたこんなものか!? これが現代の『剣王』なのか!?」


 薙ぎ払われるかの様に、男の体は吹っ飛ばされる。

 何度、木に叩きつけられたのだろうか。

 左腕は既に折れており、右足は見るのを躊躇うほど潰されている。

 なに、簡単な事だった。目の前のコイツは、魔法も能力も何も使っていない。


 ただ、男が剣を振るう前に振るって、男が動こうとする前に動いて、男が反撃カウンターをけしかける前から、攻撃を喰らわせている。


 ただ、それだけの事。


(それだけの事で、ここまで差が開くものなのか……!)


「っぐ、お、俺の負けだ……降参だ!」

『なんだ、もうしまいか。詰まらんな……』


 折れかけた剣を放り投げた少年は、心底呆れたようにため息を吐く。

 その事が余計に悔しかった。いつの間にか、少年にあった痛々しい傷はすっかりと癒えていて、赤き瞳が、男の素顔を映す。


『腕は良い。だが足が成ってない。剣に振り回されている。そんなのは剣術では無い――ただの、チャンバラごっこだ』

「……っ! アレは! 俺のせいじゃねぇ! コイツがナマクラなだけだ!」


 悔しさのあまり、持っていた黒剣を放り捨てる。

 そうだ、コイツが悪い。コイツが重すぎるから、いつもの剣だったら、今目の前にいる少年を斬り捨てる事が出来るのに!


『負けた上に言い訳か。心底救いようのない……お前も剣士、いや武人なのであれば、潔く敗北を認め精進すると言った事が出来ないのか?』


 まあ、だが――と、少年は続けて言った。 


『――所詮。アイツに一撃を叩き込まれた時点で、お前の負けだ』

「……ッッ」

『己の力に慢心せず、ただひたすらに研鑽を続ければ――また違った結果になっていただろうな』


 少年の――否、ゼロンの言葉に、男は何も言い返せずに項垂れた。

 今思えば、最初に剣を握った頃は良かった。

 全てが新鮮で、そりゃあ勝つことが一番良いけれど、それでも今と違って負けでもあまり気にはしなかった。剣を愛していた。高みをいつも見ていた。


 だが今はどうだ。

 名声に溺れて、だが『剣龍』にはどうしても及ばない。

 何がダメなのか――自分はこんなにも努力しているというのに。

 以前、隣国である『剣聖共和国ツクシ』に行った事がある。

 剣士の国という訳では無いが、多くの剣豪を輩出している国だ。そこには『十二神』の一角『亥』の称号を持つ剣士がいる。その他にもツクシ国を代表する『三剣人』や、当代『剣神』にして八強序列・序列七位であるノア・クライシスがいる。


 彼らを直に見て、分かった――彼らは皆、魔剣を所持しているのだ。


『違う。魔剣のあるなしでは無い。真に大切なのは、己の信じた剣の腕だ』


『魔剣に頼るな――もとより、を我が物顔で使わないでくれ』


「……え?」


 地面に落ちた魔剣を拾い上げたゼロンは、それを愛おしそうに眺める。

 その時、黒剣が光を放った。それはまるで歓喜の光だった。祝福を上げ、全身全霊でまるで持ち主に会えたと言わんばかりに――。


「へぇ、そいつがお前さんの魔剣かい」


 その一言で、ゼロンの瞳孔が僅かに揺らいだ。

 懐かしむ様に、口を開けて何かを言おうとしたが、結局は閉じてその音のする方に視線を向けた。


『覗き見とは人が悪いな――それが剣神様のやることか』

「お生憎、その名声は少し前に捨てちまってね……いやしかし、俺も年かね――まさかこの俺が、相手の力量を見誤るとは」


 イアスはそう笑いながら木の陰から出てくる。

 焦げ茶色の髪、細身ながら引き締められたその肉は、何百年と生きた衰えを見せない。


 そんなイアスの目がじろりと、ゼロンの元へと向かう。


「おかしい、確かに筋肉の付き方や量は素人並みだ。だが立ち振る舞いは別人――覚醒か? いやそれにしてはこの感じ……しかもその魔剣は――」

『この魔剣は――』

「良い、良い。何となく理解したよ。それにその剣はお前がソイツから勝って貰ったんだろ? 勝手ながら俺が審判を買わせてもらったが、文句なしの勝ちだったぜ」


 イアスの言う事が確かであるならば、イアスはゼロンと男との闘いを――否、もしかすると、ユウが一方的にやられていたのを見ていたのかもしれない。

 善悪を問わず、ただ強い者には敬意を、そうで無いものには何の感情も抱かせない。

 事実、イアスの視線はゼロンだけに向けられており、直ぐ近くの、重傷を負っている男には一切向けられていなかった。


『それならば、何故貴方がここにいる』

「おいおい、簡単な話じゃねぇか……お前さんが剣で勝ったから、これを貰ったわけだろ? ――なら、俺がそうしたって何もおかしな話では無いよな?」


 暴論にも近い発言だったが、だがしかしこの男にとってはこれでも義理は通した方である。そもそも、そう話している隙にもイアスは今すぐにでもゼロンに斬り掛かる事が出来るのに、それを一向にしないのは意味があった。


 一つ、目の前の剣王に一矢報いたこと。

 イアスは弱い者が大嫌いだ。

 だがそれは精神の話であり、肉体的強さは特に求めていない。現に弱くとも大切な人達の為に剣を握れるユウの事を、彼は非常に気に入った。何なら弟子にでも取ってやるかと数年ぶりに思わすほどに。


 だがそれよりも大切なことがあった。


(今のコイツは強い……こんなの不意打ちが勿体ねぇ。じっくり戦いてぇな……)


 剣に愛され剣を求めた男――イアス・ダレン。

 彼も結局のところ、戦闘狂だったりする。






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