第二章18「俺が相手してやるよ」

「ま、待ってユウ君!」


 それから、俺は然るべき機関への連絡を済ませ、今全速力で森の奥を目指している。

 その後をクリミアが必死に走って、俺に声を掛けてきた。


「ダメ、危険すぎる!」

「けど!」


 あれから既に三十分は経過しようとしている。

 いくらリゲルでも剣を、しかも魔剣を手にした『剣王』クラスを相手に長時間は粘れないだろう。


 冒険者において、裏切りはご法度中のご法度だ。

 それを冒してまで、手に入れたい野郎だったのだ。

 ならば――最悪、人を殺してでも逃走を図るだろう。


(ゼロン――ッ聞こえるか!?)

『言われなくとも聞こえている。既に状況は把握した』

(悪いが状況が状況だ。『入れ替わり』前提で行く)


 崩れそうな足場を渡りながら、すると徐々に重い金属の音が聞こえてきた。

 間違いない、これはリゲルの籠手の音だ。

 その時、ぞわりとした寒気が辺りを包み込む。


 圧倒的な死の気配――この場にいるだけでも、気分が悪くなってくる。

 その気配は、クリミアにも分かったのか、彼女は俺が何を言っても聞かないと分かったのか、呆れた様にため息を吐きながら銃を引き抜く。


「……殺すの?」

「威嚇用だけど……向こうは『剣王』――この国の騎士隊よりも強い。最大限に用心すべき」


 確かに。騎士隊とはこの国の警察に値する存在だ。

 それよりも強いとなると……改めて、緊張感が高まる。


「ユウ君は死なせない――私が守るから」


 ――そんなどこぞのヒロイン見たく言われても……。

 でも、俺だって守られっぱなしは嫌だ。

 ちゃんと強くなったという所を見せなければ。


「約束する。――誰も死なせないし、誰も殺させない」

「……そう言うのは、もっと強くなってから言う」

「は、はい……」


 た、確かにおっしゃる通りです……。


「だけど、ユウ君のそういう所、好き」

「え――?」


 クリミアが何か呟いた気がしたが、その時、ようやく開けた所に出た。

 雑木林から出た俺達を待っていたのは、断崖絶壁の端だった。

 視界の端から端まで、崖が続いている――恐らく、横ばいに広がっているのだろう。

 土の状態はかなり悪く、乾燥したボロボロの土はちょっとの衝撃で簡単に崩れやすい。


 そんな危険な場所で、二人の男が争っていた。

 片方はリゲル――その後ろにリーシアがいて、リーシアはリゲルが傷つく度に治癒魔法を施している様だった。


 そしてもう一人の方は、センターパートの金髪をした男だった。

 機動性を重視した装備、そして何より――手に持っているあの


 一目見て分かった――あれは、きっと世界最強だと。

 その剣を前に、あらゆる『剣』の名を持つ武器はひれ伏す。

 何を言っているか、自分でも分からなかった。だけど、そう思ってしまった。

 要するに――俺のこの剣では、あの魔剣には敵わないという事だ。


「リゲル!」

「ユウ!? ――ッここは危ぶねぇ! さっさとリーシア連れて逃げろ!」


 リゲルは俺に気づくと、迫りくる剣を避けながらそう叫ぶ。

 それを聞いた男は、逃がさないとばかりに後方に位置するリーシアを睨む。

 俺は彼女に向けられた殺気に、マズいと俺は急いで駆け寄るが――。


「甘ぇんだよ!」


 男は急に剣の矛先を変えて、その矛先は乱入者である俺の方に向かった。

 俺はそれを見て、一瞬たじろいでしまう。

 そしてそれが最悪の選択肢だという事に気づく時、俺の目の前に一人の少年が躍り出る。


 ――リゲルだ。


「グ、オオォォ……ッ!!」

「リゲル!」


 リゲルはその一太刀を腹に受けると、そのままよろよろと覚束ない足取りで、目の前の男を睨む。だがしかし、丁度踏み込んだ位置が悪かったのか、音を立てて足場が崩れた。


「くっ……!」


 よろける俺にリゲルが傷が痛んだのか、痛苦の表情を浮かべる。

 その瞬間、俺は近くの木に激突した。腹に感じる熱い感覚――懐かしい気がした。

 だがすぐに、リゲルの意図を察した。


 リゲルは――俺を助けたのだ。


 あの傷でもリゲルなら復帰出来たはずなのに。


 だがそれはリゲル個人だ。――そこに俺はいない。


「リゲ……――クリミア!!」

「分かってる……!」


 クリミアはリゲルが俺を蹴り上げた瞬間から駆け出していた。

 クリミアの能力は『浮遊』――後を追うようにクリミアは崖の下に身を投じた。


「――っ!」


 まだリゲルの事が気がかりだが、そんな余裕は無い。

 既に男は標的を変えたのか、俺では無くリーシアの方に狙いを定めた。

 剣を彼女の方に向けて――その時。

 剣先から零れ落ちる、黒色の閃光がリーシアの胸元を突き刺した。


「――っは」

「リーシア!」


 口元から血を零したリーシアが、俺の方に右手を出して静止させる。

 反対側の手は、傷口を抑えて、そこから緑色の光が漏れ出していた。


「ダメ……ユウ君。貴方だけでも――」

「そんな事……出来るわけっ、無いだろ!」


 リーシアはまだ生きている。リーシアは呆れたのか、それとも治療に専念する事にしたのか、瞼を閉じて治癒魔法を展開している。

 ここで俺がすべき事は――。


「リゲルとクリミアの帰還と、リーシアの治療の時間を、稼ぐこと……!」


 だが、果たして俺に出来るのだろうか。

 目の前の男は一瞬にして、俺より強い人らを倒してしまった。

 それがあの魔剣によるものなのか、分からない――けど。


 剣先を向けて、体重を前の方に寄せる。

 最速で、一瞬の隙を突く――俗にいう牙突という奴なのだろうが、今の俺は気にする余地も無かった。


「――ッ!!」


 全速力で、足の筋肉を総動員させて俺は思い切り踏み込んだ。

 もはや転倒に近い形で、俺は奴に斬りかかろうとした。

 剣に籠めた力を使って、奴の顔面目掛けて振り下ろす。


「――あのさぁ、ふざけてんの?」


 瞬間、持っていた剣の真ん中から亀裂が走った。

 何をされたまでもない。純粋に、奴は剣を振るっただけ。

 魔剣の能力によるものなのか、振るわれた剣の軌跡から出現する無数の光、それによる攻撃が俺の体を貫いた。


 肉が裂け、骨が穿たれ、貫通するその痛み――経験したことのない激痛に、一瞬意識が飛びかけた。


「あ、ぐ、わあああああああああ……!!!」

『もう止めろ、ユウ。これ以上だとお前が死ぬ』


 地面に手を付きながら、俺は絶叫を上げる。

 手元にある剣は、光による衝撃からか、根本からぽっきりと折れていた。

 これでは真面に戦えやしない。ゼロンのその声に、もう戦わなくて良いんだという、安堵を憶えている自分がいる――それが悔しい。


『ユウ!』

「いやだっ! まだ、変われない……!」


 だけど、それよりも悔しい事がある。

 体から血が絶え間なく出ているが、それでも俺は立ち上がった。

 その行動に、男はニヤリと笑いながら――容赦なく、魔剣を振りかざした。


 ==


 それから、どのくらい経過したのだろうか。

 もはや痛みという感覚は無かった。

 振るわれるたびに絶叫を上げて、血を吐き、怒号の声を上げる以外の事を失ってしまったかの様に――あぁ、なんて惨めなのだろう。


 笑い声が、耳元で木霊する。

 斬撃、炎による攻撃、光による攻撃、空間による攻撃――。

 魔剣による斬撃は様々な形で俺を襲った。きっと向こうは俺で試しているのかもしれない。俺は折れかけた剣を構えて、何とかその攻撃を防御する事だけに必死になっていた。


『もう止めろ……本当に死んでしまうぞ!』


 ゼロンはいつもの様な口調をすっかり捨てて、本気で心配している様だった。

 ゼロンの治癒魔法も、身体強化も追い付かない程のダメージ……既に立っている事が奇跡の様に思える。今この瞬間にも、一秒後にも、二秒後にも、三秒後にでも死にそうだ。


「ははっ、最高の気分だ――コイツは最強の魔剣。何故お前を生かたか、生かしてやったか分かるか?」


 ズタボロになった俺を見ながら、男は卑しく笑った。


「……?」

「お前が紛いなりにも剣士だからだ――俺は数年前に『剣王』の称号を獲ったが『剣龍』までは行けなかった。だが丁度いい――ここには、あの『元剣神』イアス・ダレンがいるのだろう? 元とは言え剣神だ、首を斬れば俺もそれなりの箔は付くだろうな」


 つらつらと語る男。今の奴は警戒心を解いている。


 付け入る隙は幾らでもある――だけど、その前に声が出た。


「――恥ずかしくねぇのかよ」

「……あ゛?」

「だって、それって自分の力が及ばないから、剣に頼ってるだけじゃねぇか。そんなに称号が大切か? そんな借り物の力でそんな称号貰ったって――お前に剣士としての信念プライドとか無いのかよ」


 まあ最も、剣を持って数週間の俺が言えた事では無いが。

 だけど、そんな俺にでも、いやそんな俺だからこそ、剣士としての信念は大事だと思っている。


 何よりも――一番大事にしているのは、俺では無くてゼロンの方だ。


 ゼロンは魔法使いの癖に、何故か剣にも心得があって実を言うと俺はゼロンに魔法だけではなくて剣も教わっているのだ。まあ剣の腕は魔法よりも遥かにお粗末で、まだ初級剣士の称号も取っていないのだけれど。


「ますます……負けたくなくなってきた。絶対、お前には勝つ!」

「――っ!?」


 折れかけの剣を振りかざして、俺は決死の特攻を仕掛ける。

 一歩歩く度に崩壊する体、今にでも手放しそうになる意識を両手で抱えて。

 名前も知らない、何もかも知らないけど――けど確かな敵意を込めて。


「……ったく、勝手に突っ込んで何がしたかったのやら」


 倒れる体、全身の血が噴き出して、絶叫すら上げる体力すら無い。

 負けた。無様に、あれだけ格好つけた癖に、やられた。


 もう、立てない――もう、剣すら握れない。


 だけど――


「だけど、一撃……入ったぞ!」

「……ッッこのクソガキがァ!」


 最後に、倒れた頭に蹴りを入れられた所で、俺の意識は完全に消滅した。

 リゲル達はまだ帰ってこない。リーシアはまだ意識を混濁させているから、今の現状にもこの後もことも気づく事は無いだろう。


 だから――まあ、何というか。


 今更だけど……つか、本当に遅すぎてゴメンなんだけど。


 後は――任せても良いか?



 ==


「……最悪だ。余計に時間食っちまったぜ」


 ブルンと血の付いた黒剣を振るって血を落とす。

 太陽の光でさえ吞まんとするその黒剣は、所有者に莫大な魔力と力を与える。

 そしてこの黒剣は歴史上初の――無属性の魔法を秘めているのだが、それをまだ彼は知らない。


(振れば振る程、この魔剣の底力の無さに驚く……)


 この魔剣を握った瞬間、男は耐え難い頭痛に襲われた。

 それは今も継続しているのだが、男は気合と根性だけで耐えている。

 それが魔剣の呪いなのか、はたまたその出自性故なのか。


(この魔剣は――崖下の朽ち果てた神殿の中にあった)


 しかも複数の魔法防壁により隠蔽されたものだ。その神殿は今や何の神を祀っていたかは分からない。だが……確実に分かるものがある。


(――これは、祀られていた。守られていた。だが一体、何のために?)


 珍しく、思考に明け暮れる男――それは、今しがた付けられた頬の傷によるものなのか。あの剣を持って数週間足らずの小僧に『剣王』である自分が傷を――。


 ……思考すること、僅か数秒。


 それが、彼の運命を決定づけるのには、あまりにも十分な時間だった。


「……は?」


 鼓動、爆発的な魔力の波動が、うねりとなって森中に轟いた。

 その瞬間、男の脳裏に過るのは、数年間を共にした冒険者パーティとの記憶。

 何故今になって走馬灯が――そう、思った瞬間だった。


 布擦れの音がした。

 視界の端でゆらりと立ち上がる人影……怖気が立った。

 その男は、先ほどの小僧では無かった。

 白い髪に、赤い瞳——体の輪郭が二重にブレて、それが徐々に一つになっていく。


 来る、来る、来る――何かが、ヤバい。


「あ、ア、あ、あ、あァ、ァ、ァ―――――……よし』


「お、お前は……お前は誰だ!」


 そのすっかり変わってしまった風貌に、男は遂に堪えきれずに叫んだ。

 男はそれに応えないまま、足元に落ちていた折れかけた剣を拾って、それを男に向けた。


「……?」

『おいおい、せっかく剣士が立ち上がったんだ。それならやる事は一つだろ』

「……まさか、その折れかけた剣で、俺と?」

『ま、俺は剣士では無いんだがな――だけど、お前とならこれで良いハンデになるだろ』


 その言葉に、今まで恐怖していた男の口元に笑みが浮かぶ。

 どうであれ、何であれ、変わり果てた身になったとしても――あの剣であれば自分は負けるはずがないだろう。


「そんなら、さっさとおっぱじめようぜ。何、遊びだ遊び。遊んでやるから――」


 その瞬間、その男の体は遥か後方にある木に激突した。

 激突された木は根元から折れ、男の口元から大量の血が噴き出される。

 今ので背骨と、いくつかの内蔵器官が破裂したのだ。


「オ、ボェ……ェ、な、なに――」

『何って、剣士同士の闘いだろ?』


 あの少年がやった事は、ただ自分に向かって剣を振るった。

 ただ、それだけ――。


「お、お前は……一体……ッ!」

『ほら、さっさと立てよ。お遊びなんだろ? お前にとっちゃ……だから』


 折れかけた剣を持った、白髪の少年――その偽名は。

 ゼロン――歴代『剣王』の中で、最初に位を授かった男。




『今度は俺が遊んでやるよ――同じ『剣王』としてな』










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