第二章12「ゼロンの謎」

 白く、どこまでも白く、果てなき世界。

 俺はこの世界を『精神の世界』と呼んでいる。

 適正検査から早五日が経過した、ある日の事だった。


「もしかして、お前が魔力を分けてくれたのか?」


 その精神の世界に入ってきて開口一番、俺は対面する一人の男性──ゼロンに問いかける。この五日間、俺はこの世界に来ることは無かった。またその間、ゼロンとの会話もする事は無かった。五日ぶりに見るゼロンは、相変わらず仮面を被っていて何を考えているか分からないけど、少しだけ目線を逸らしている気がした。


『そうだ』


 ゼロンがそう頷く。いつもの椅子に腰かけながら、俺はゼロンが用意した水をごくりと喉を鳴らして飲み干した。

 ゼロンとの関係について、俺にはよくわからない。魔力の供給なんて初めて聞いたし、そんな事出来るなんて初耳なんだけど……。


『『魂の座』――人には体と魂という二つのものがある。どちらか一方が欠けていれば人間として成り立たない、重要なものだ。体には魂を収める『魂の座』というものがある。あの時、俺はお前の魂の座に乗り込んだ。その結果俺とお前は魂的な意味で。魔力供給などお手の物だ」


 ゼロンが言うには、その他にも色々なことが出来るらしいが、今の状態だとそれは出来ないらしい。今の状態だと……ならば、もっとゼロンに俺の体を使わせてもらえば良いじゃ無いのか? そう言うとゼロンは大きなため息を吐いた。


『魂の座は当たり前だが一人用だ。それを他人の魂が入るなんて、本来イレギュラーな事だ。だが、何故か俺はお前の体に適応できている。いや、この場合のか……?』


 ゼロンは暫く顎に手を当てて考えた後、まあいいかと直ぐに手を離した。

 いいんかい……! でも、俺もあまり深く考えるのは止めにしよう。

 ――俺とゼロンの関係性は、ひどく歪だ。何とか平衡を保てているこの関係を悪化はさせたくない。


『入れ替わりの条件は二つだ。一つ、お前が俺に入れ替わりの許可をすること』

「俺は何時でもウェルカムだ」

『バカ、本当は必要無いんだ。それを無理やり『契約』扱いにする事で俺は――死んだ俺は精霊扱いになる。精霊には、契約者との魔力供給が出来るからな。ギリギリ、ラインを超えてはいない』


 今のゼロンは世界から見れば異端者扱いになるのだろう。

 何を言っているかは分からないけど、でも、これが如何に重要なものなのか、少し分かった気がした。


「二つ目だ。これは条件というか、制限時間リミットを定めて置くためだな。これも『入れ替わり』を『契約』と同じ範疇にするためだ」


 グラスにあった葡萄色のワインを飲み干したゼロンが、俺に五本指を立てる。


「最大で五分――これが、ギリギリまでお前の身体を壊さない最低制限ラインだ」


 ――その間、初級魔法でしか扱えないがな。と、ゼロンはそう付け加えた。

 俺は暫く考えた後、ゼロンにこう言った。


「つまり、『魂の座』がゲームのコントローラーで、魂がプレイヤー。ゼロンは凄腕プレイヤーで、五分間だけコントローラーを扱える。でもあくまで体は俺のものだから、レベリングは俺の役目って事か」


 俺なりの解釈に、ゼロンがこくりと頷く。多分そう言う事なんだろう。


『俺を利用するのは構わないが、頼り過ぎるのは止めてくれ。俺は死んだ身。ここにいるのはただの妄執。だがそれでも情ぐらいは残ってる』


 ゼロンは最後にそう言って、沈黙が流れた。

 こういう時、本当にずるいと思うのが、ゼロンの仮面だ。

 仮面を付けてるから、何を考えているのも、どう思っているのかも分からない。

 じっと、こちらを見つめる緋色の瞳が、少しばかり揺らいだ。


『情報共有と行こう。俺はこの五日間お前との『入れ替わり』について考えていた。お前は――?』

「俺は、ユキと一緒に勉強していたよ。言語に世界史、あと簡単な魔法学も」


 これが意外にも面白くて、ミネさんの教えが良いのだろう、本当に興味深かった。

 一番大変だったのは言語と魔法学で、言語は取り合えず読めるぐらいには上達しているのだが、魔法に関してはまだ水初級魔法の『水弾ウォーターボール』ぐらいしか出来ていない。風魔法に至っては掌で無数の風の刃を生み出すちょっと上級の『風刃』しか出来ない。ユキは既に風と治癒魔法を中級まで納めている。


「待っててくださいね。ユキがユウくんを助けられるように、頑張りますから」


 そうユキは言うが、男としては不甲斐なさで一杯だ。


「そうだ……ゼロン、俺に魔法を教えてくれよ」

『そんなので、良いのか。了承しよう』


 ゼロンはあっけらかんとそう言った。

 少しだけ背筋を正すと俺はゼロンに魔法適性の話をした。

 ゼロンはしばらく黙り、やがて言った。


『水、風魔法の適性か。基礎と簡単な複合魔法を教えよう』

「そうか、ありがとう……ところで、お前の魔法適性は何なんだ?」

『全種類だ。光も闇も、固有魔法は二種類ある』

「え……」


 え、え、え? 全……種類? 固有魔法もあるの?

 何それチートじゃん。

 まじで何者なんだ…ゼロンは。


『それでは、今から授業を始める』


 そう言うと、景色が変わった。白が薄茶色になり、机などのものが増える。

 気づけば、そこは学校の教室に変わった。

 中学校の教室だ。何百と行った、3−3組の教室だ。


『授業はこういう部屋でやるものだろう?』

「……まぁ、確かに」

『じゃあ、今からお前に聞くが、どのくらい魔法について知っている?』

「えぇと……」


 確か、魔法にはそれぞれ難易度ががある。


 初級。

 中級。

 上級。

 王級。

 龍級。

 神級。


 この六つのランクだ。

 剣のランクも一応あり、こちらは魔法と一緒。わかりやすくて助かる。

 それぞれ取得出来たら、〜級魔法使いと呼ばれる。また、属性によって肩書きが違う。


 例えばグリアさんは『火王級魔法使い』だ。

 この世界だと、上級魔法使いが一人前の証であり、王級からは『大魔法使い』なんて言われている。


 ウチの主人が凄い。


 剣も同じで、こちらは、上級までは上級剣士と呼ばれるが、王級からは『剣王』『剣龍』『剣神』と呼ばれる。


 Qどうやったらなれるの?

 A魔法に関してはそれぞれの難易度の内全てを取得できたら名乗って良い。

 剣に関しては、それぞれの称号を持つ者と戦い、認められたらなれる。


 Qゼロンはいまどんな肩書きを名乗ってるの?

 A『水神級魔法使い』『風神級魔法使い』『火神級魔法使い』『土神級魔法使い』『闇王級魔法使い』『光龍級魔法使い』『全属性適性者』『魔神』『全能者オールラウンダー』……etc


「え、もしかしてゼロンって、強い方なの?」

『昔は、そういう奴らはゴロゴロといた。今の世界だと上級魔法使いで一人前……か。俺の現役時代だと王級でやっとだな』


 マジか…。今のゼロンだと八強序列に入るレベルじゃないのか?

 今の四天王に会わせたらどういう反応をするのだろうか。


「現役かぁ……。なぁ、気になっていたんだけど、今何歳の姿なんだ?」

『……今あるこの体は俺の魂そのものだ。俺になどう見えるか分からん。かといって、お前に見せたくはない』

「一応、理由を聞いても?」

『──そういえば、お前の元いた世界にはこういう言葉があったよな……『プライバシーの侵害』』


 机に頭を突っ伏す。

 こいつ……俺の記憶でも読み漁ったのかこんな言葉まで使って……。


「クソ、わかったよ。それで、俺は大体どのくらいまでいけるんだ?」

「俺の魔力供給を抜きにすればそうだな……魔力量的に中級辺りだ」

「中級……まぁ、初級止まりよりかはマシか」


 初級は、ただ水を生み出すものやちょっとしたお遊び程度の魔法だ。中級から、殺傷能力のある魔法があるので、一般的な魔法使いといえば中級魔法使いだろう。

 故に、初級魔法使いは魔法使いにあらず、だ。魔法使い(笑)になってしまう。


 ==


「はぁ…はぁ…ウォ──水弾ウォーターボール


 荒い息遣いを整え詠唱……というか名称を言う。すると、魔力が『門』という魔法を具現化する為に用いられる器官を通り、掌に拳大の水玉が出現する。

 水弾は、目に見える速度で飛んでいき、やがて形が崩れて落下する。


 これで、二十発目だ。

 この世界だと魔力は関係なく、無制限に魔法を連発できるらしい。

 だけど無詠唱の場合だと魔力の流れが肝心だそうで、だから魔力が『門』を通すようなイメージが重要だとゼロンは言っていた。



「ふむ……次は『霧水ミスト』行くぞ」


「あ、あぁ!」


 ゼロンの指導は、ハッキリ言えばスパルタだ。超がつくほどの。

 確かにわからない事があれば教えてくれるが基本的には自分が考え、実行の形だ。

 それに、課題が多い。さっきのは水弾を二十回連続使用だったが、その前だと風魔法の魔力調整だけで針に糸を通せと言われた。


 難しいし、疲れる。けど要領が悪いし物覚えも良くない自分を、それでも一度も叱らずに教えてくれたゼロンには感謝しているし、自分でも、魔力操作は自信がついた。


霧水ミスト


 掌からミストが噴き出す。『水弾』が魔力を球状にして放つのと違い『霧水ミスト』は魔力を細かく分解して放出する感じだ。難しさで言えば『霧水ミスト』の方が上かもしれない。


 ……あ。


 良いこと思いついた。


『ん? どうした』

「ちょっと思いついた事があるから、それを試そうと思って」

『……やってみろ』


 先生の許可も得た事だ。いっちょ試してみよう。


 ==


「何故だ……上手くできねぇ」


 結果、無理だった。


『水弾の中に風魔法を通し、任意で発動。──まぁ、良く考えたな。だがそれには、それこそ緻密な魔力操作と、集中を使うぞ』


 そう、やりたかったのはそれだ。水球の中に風魔法の『風刃』を仕込み、任意で発動しする。

 理屈では、水弾は派手に飛び散り、辺りを水浸しにすると言った感じだ。

 が、これが中々難しい。水弾が途中で破裂してしまうのだ。『風刃』が暴発してしまう。


『どれ、俺がやってみよう……少し離れていろ』


 そう言ってゼロンは立ち上がり、遠く離れた方に行く。慌てて俺も移動した。

 ゼロンの右手から水弾が現れる。そして、数秒にも満たない間に放出した。


「ちょ、何やってんの!」

『いいから黙って見てろ』


 水球は、目に見えない速度で机に向かって飛んでいく。


『弾けろ』


 そう言うとともに、水球の形状が変化する。直後、轟音が鳴り響き、机は破壊される。


「痛っ!」


 水飛沫が腕や顔に当たった。血は出てこないが、まるで針にでも刺されたかのような痛みがする。


 数十メートルぐらい離れたのにも関わらずこの威力かよ。


「嘘……」


 見ると、机は粉々になっていた。近くにあった机は、穴だらけになって横倒れている。


 すまん水浸しどころじゃなかった。

 これ完全にアウトだわ。


『消費魔力とこの威力……。今回は、机だけを壊すように調整してみたが、そうだな……。威力だけ見れば上級魔法にも引けを取らない』

「ヤバいな……」


 だって、あんな小さな水球からここまでの威力だ。と、言うか何気なく新魔法を開発してしまった


 自分の才能が怖いね。なんちゃって。


「まるで散弾銃だな……『水散弾スプラッシュ・ショットガン』と名付けよう」


『あぁ、命名権はお前にある。好きに呼べ』


 と、言うことでこの新魔法は『水散弾スプラッシュ・ショットガン』と命名。

 けど、ゼロンが言う通り、使う魔力量が少ない代わりに魔力操作が面倒臭いので、実用には程遠い


 一応、数十回試したところ、一、二回は成功したが、威力はまちまちだ。

 そもそも、相性が良くないのだ。

水弾ウォーターボール』は、水を中心に集めて放出される。そこに、中から力を加えたら暴発してしまう。逆に、力を抜けば失敗。ただの遠距離の『霧水ミスト』になる


 難しい。正反対の事をしなければいけないから、凄い難しい。

 原型を留めたまま。中から放出するエネルギーを生み出す……。

 理解すると若干「螺旋○」に似ている。


 しかし、希望は湧いてきた。新魔法を開発したのもそうだが、極めれば少ない魔力量でも戦えるだろう。


 ……何のために?


 ──灯火としての戦力となるために。


 恩返しがしたい。

 こんな、ちっぽけな俺に出来る事は限られているけど、それでもだ。

 強くなろう。


「よし、もう一回!」


『────』


 もう一回、水弾を生み出す。

 ここから中に風魔法を入れようとしたが、失敗。

 水は辺りに飛び散った。


 ゼロンは、しばらくその光景を見て、少し笑った……ような気がした。

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