第二章11「適性検査で度肝を抜かせ……たかった」

「それでは、こちらの宝玉に手を触れて下さい」


 目の前に出されるのは五つの透明な、手玉サイズの玉だ。

 それらが木箱に収まっており、これに手を触れることで、適性があった属性は霧状のものが発生するらしい。


「──――」


 リゲルは周りの装飾品に目を奪われている。

 グリアさんは値踏みするような目でこちらを見つめる。

 戦力になるかどうかだろう。

 怖ぇ……。


「頑張って下さい」


 ユキの掛け声に合わせて、俺は手を玉にかざした。さぁ、どうなるのか……。


 火魔法:適性無し

 水魔法:適性アリ

 風魔法:適性アリ

 土魔法:適性無し


 至って普通だった。


「アサガミさんは二種類の適性がありますね。次は、固有魔法も見てみましょう」


 そう言って、店員さんは懐から黒い玉を取り出す。

 どうやら固有魔法を測るのは別のらしい。

 その黒い玉に手をかざす。

 さぁ、頼みますよ……。


 反応は無しだった。


「あ、あの! 普通は固有魔法なんて無いからね。固有魔法は珍しいからね!」


 顔に出てたのか、店員さんはそう言ってフォローする。

 予想はしていた。別にガッカリなんかはしていない。

 ……いや嘘だ。めちゃくちゃガッカリしているし、めちゃくちゃ悔しい。

 おかしいな……あれ、ご都合主義どこいった?


「そ、それでは最後に魔力総量を見てみましょう」


 店員さんは重くなりつつある空気を変えるように、明るく言った。


「それでは、今度はこの鉢を持ってください」


 渡されたのは、焦茶色のなんも変哲も無い鉢だ。

 その鉢に、店員さんは黄色い種を埋める。


「この種は『魔力花』の種です。魔力を与えると成長するんですよ。なので、魔力総量のある程度の目安にはなります。一般は花が咲いた程度ですね」


 なるほど、完璧に測れるわけでは無いのか……。

 だけどこれまでの流れ的に、どうせ一般か、それ以下だろうな……。


 言われた通りに鉢に魔力を注ぐ。

 体の、中心から何かがゴリゴリ削られていくような感覚がある。

 もしかして、これが魔力なのか?

 身を削られる……と言うか、違和感しかない。


 ゴリゴリ、ガリガリ。ゴリゴリ、ガリガリ。


「ぁ……?」


 不意に、何かが俺の中に入ってきた。

 器の中にある魔力が漲っているのが分かる。


 え? え? どう言うこと?


 訳がわからないが、とりあえず流してみる。

 すると、誰かの息を呑む音が聞こえた。


「え……なにこれ!?」


 魔力を流す際に目を閉じていたから分からなかった。

 気づけば、花はとっくに咲き誇っていた。

 しかし、その茎の部分から茨のようなものが生え、辺りを覆い尽くす。

 ポッと、茨が徐々に赤くなった。

 緑色がやがて朱色になり、茨は燃えだした。


「アサガミ君!」


 危険を察知したグリアさんが近くの装飾品である剣を抜き取って、燃える茨を斬る。しかし、切断面からまた新しく伸びてくる。


「リゲル!」

「オウ!」


 グリアさんが再度、茨を切り裂く、茨が伸びる前にリゲルが飛び出した。

 パシッと、俺の手を叩く。

 衝撃で俺の手から鉢が滑り落ちた。

 しかし、鉢からはまだ茨がニョキニョキと生えている。

 リゲルは一瞬躊躇したが、地に落ちた鉢を叩き割った。


 ==


「すいませんでしたぁ!」


 燃えカスとなった茨や鉢の残骸を集める店員さんを前に、俺は土下座する。

 やってしまった感がすごい。

 あの後、急いで店員さんが水バケツを持ってきて消火。その後、魔力回復促進ポーションを俺にくれ、今は掃除だ。


 店前には『閉店』の看板が掲げられている。


「いいえ、大丈夫ですよ。感謝したいぐらいです」

「感謝……?」

「はい。こんな事私も初めてですよ」


 どうやら、花を咲かせたら普通。

 その後は各人によって様々な現象が出るらしい。


 氷の蔓が辺り一面に飛び出るとか。


 床が草で覆われるとか。


 急速に蔓が伸びたかと思えば一瞬にして枯れ果てるとか。


 千差万別だ。


 燃え盛る茨は初めてらしい。


「他の店からこういう人が現れる度、私もいつか見てみたい…って思ってたんですよ!」


 鼻息荒くして、俺の手をブンブン振る。そんなに珍しかったのか。


「いやぁ、未来の大物に出会ってしまった!」

「そんな、大物なんて。買い被りすぎですよ」

「いぃえぇ!こう言う特徴が出た人は必ず!大きなことを成し遂げるジンクスがあるんですよ!」


 話によると、店員さん──もといイリアス・レーネスさんが聞いた話によると、

 かの有名な『魔道神』ライアス・クレイヴァを始め、世界に名を馳せた人物がいるとの事。


 上機嫌で話すイリアスさん。ドヤ顔のグリアさん。羨望と、熱意を持った目で見るリゲル。


 ……恥ずかしい。

 確かにこういう展開を望んでいた訳だけれども。

 実際にされると優越感というより恥ずかしさが勝るもんだなぁ……。


 ==


 こうして、街の案内と適性検査は終わった。

 冒険者カードには、現在の冒険者ランクが書かれてあった。

 冒険者ランクは下から上までDからSまである。

 分かりやすくて助かる。


 さて、魔力適正が終わって今から待ちに待った観光タイムだ。

 ユキとの約束を叶う時が来るとは……あの森にいた頃は考えもしなかった。

 

「行きましょう、ユウくん!」

「あぁ!」


 ユキに手を引かれて、俺達はあの夜に交わした約束を果たす為に、二人で様々な場所に行った。


 グリアさんは何も言わなかった。

 もしかしたら、俺達の約束を知っていたのかもしれない。


 ==


 深夜。

 人通りの少ない路地を歩き、音を立てずに滑るようにとある店に入る一人の影がいた。


「こーんにちは」

「……待っていたのか」


 カチッと音が鳴って明魔石が光る。そこには、灰色の、ボサボサのローブを身に纏った一人の男性と、穏やかな私服姿のイリアス・レーネスがそこにいた。

 浮浪者と間違われてもおかしくない風貌で、男は我が物顔で店を闊歩する。実際、商品以外の物は全て彼のものなので当然の事なのだが。


「もう、一回そのローブ洗ってくださいよぉ……」

「また、直ぐにでも出かける。今日はこれを取りに戻ってきただけだ」


 商品棚の奥の方。青と白の高価な盾を男は乱雑に取り出す。


「そう……使う時が来たのね」

「あぁ……」


 そういうと、イリアスは男の背中に抱きついた。男は一瞬、振り払おうとしたが、止めた。


 その女の体が小刻みに震えていたからだ。


「……生きて、帰ってくるよね?」

「──当たり前だ」


 男はそう言って、盾に右手でそっと触れる。

 盾は、音も立てずに崩れ去る。

 その中から表れたのは、黒い玉。男はそれを大事に左手で拾い、ローブの中に放り投げる。


「『極黒玉』──そんなに、一大事なの?」

「あぁ……少し『魔界』に行く。……最後に、魔道具の調整を頼む」


 男は右手を差し出す。その手は、荒々しく、様々な悲劇を受けきった右手だった。

 その右手に、イリアスは優しく、赤子を触る様に黒い手袋を被せた。

 手袋は、手にピッタリとはまり、青白い魔法陣が浮き出る。

 男は、右手を開け閉めして、感触を確かめる。


 イリアスは、その右手にそっと、自分の顔に押し当てた。


「……おい」

「いいでしょ、たまには」


 男は不快そうな顔を一瞬、だが次には頬を少し綻ばせ、彼女の髪に触れる。


「──あの花はなんだ?」


 男は、月に照らされた窓際に目を向ける。そこには、青く透明なガラス瓶がある。その中に紅く小さな花が水と共に入れられてあった。

 少しでも華やかさを出すための花なら、そこまで気にしなかったであろう。しかし、その花には微弱ながら魔力が篭ってあった。


「魔力花……なのか?」


 花にそっと触れる。その時、花に触れていた左手に激痛が走る。


「──ッ」


 顔を歪める。


「これね、とある新人君が魔力総量の測定をしてね……」

「……そうか、おめでとう。良かったな」

「うん、君以外初めて見たよ」


 花は、触れられたせいなのか、花弁に火が生まれる。その火は直ぐに消えたが、男の顔を変えるのは十分だった。


「行くの?」

「あぁ、最後に、いい物を見させてもらった……貰ってもいいか?」


 コクリと頷くイリアスに男は頷き、花をローブの内側に大事にしまう。


「会ってみたいな……その者に」

「うふふ、可愛げのある男の子よ」

「フッ、似合っていないな」


「……?」


 男は、再度フードを被り、音も無く消え去る。


「今度はいつ会えるかしら……」


 イリアスはため息を吐く。そのまま、何かを思い出す様に、崩れた盾を見ながら言う。


「『終焉帝』ギアス・ダレンに気に入られるなんて……あの子、きっと楽な人生送れないわね」


 ==


 黒く、澱んだ荒野に一人の影が走る。

 その周りには、Aランクを超える様々な魔物がいるが、襲う気配は無い。

 その目には怯えの感情が映っていた。

 その中に、襲い掛かろうとしている一匹の魔物がいた。


『狂犬』の異名を持つ マルギードックだ。


 Aランクの魔物であるが、それは単独行動での評価だ。真の恐ろしさは、マルギードックは分裂して、群れで行動する点だ。

 分裂しても個の強さは同じなため冒険者に嫌われている魔物だ。


 群れのマルギードックはSランクに相当する。


 体が傷つくことも気にせず、どんな方法でも厭わず敵に喰らい付き、絶対に離れない。


 故に、とあるSランク冒険者はこういう格言を残した。


『マルギードックを一匹見たら千匹いると思え』


 つまり、マルギードックを見たら逃げろという意味だ。しかし、マルギードックは敵を捕捉した瞬間、各々が何倍にも分裂するため、実際には千匹以上のも数になる。

 だから、故に、その一匹のマルギードックは瞬きの間に千──万匹にもなり、灰色のローブを纏った男に飛びかかろうとした。


 瞬間、男は声に出して笑った。

 それは、側から見れば気が狂ったのかと思う程の、高らかな笑いだった。

 しかし、マルギードックや、その他の魔物は感じ取った。


 ──この男は、気まぐれで俺たちを殺せる、今生きているのはその男がまだその気になっていないからだ、と。


 瞬時に、傍観していた魔物は一斉に我先にへと逃げ出した。

 目の前に、食料となる物がいるのに、脇目も降らずに逃げ出した。

 しかし、既にその男の近くにいるマルギードックは、逃げられないと察したのか腹を天に向け、顔を横にし、鳴いた。


 それを見た他のマルギードックは、それに続き、命乞いをした。

 そんな、屈辱とも言える行動を、男は見ていなかった。


「ハ、ハハハ……そうか、そうか!」


 徐々に上がる声に、マルギードックは体を震わす。中には、恐怖のあまりに失神或いは既に自死したものもいた。


 そこに、一人のマルギードックが立ち上がった。

 そのマルギードックは、緩やかに歩く男の手をそっと舐めた。

 友好の証として、涙を溜めながら舐めた。


 しかし──。


「──邪魔だ、消えろ」


 しかし、男は不快と言わんばかりの顔をした次の瞬間。


 一匹のマルギードックは消えた。


 音も無く。


 血も、体液も出なかった。


 それを見たマルギードックは凄まじい雄叫びを上げ──逃げた。

 男は、その無様な後ろ姿を見ずに、逆方向にまた走る。


「そうか、復活してたとはな──ゼロン」


 八強序列第三位『終焉帝』ギアス・ダレンは、クツクツと静かに笑いだし、来たる戦いに向けて足を運んだ。

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