【5分で読書・ミステリー】消えたホワイトボード

カイ.智水

消えたホワイトボード

 中学校の職員室からホワイトボードが消えてなくなった。


 初めに容疑ようぎをかけられたのは宿直だった歴史の高橋先生だが、彼にはそんなことをするゆとりはなかった。

 宿直室でテストの採点にかかりきり。夜の校舎こうしゃを見回ってもいなかったのだという。

 では誰がなんの目的でホワイトボードをぬすんだのだろうか。


 高橋先生は、自らにかけられたうたがいを晴らすため、ひとり事件じけんの解決へ乗り出すことにした。


 ◇◇◇


 まず現場げんば百遍ひゃっぺん。手がかりは現場げんばに残されていると判断した。

 職員室でホワイトボードが置いてあった場所にやってきた。入り口を入ってすぐの位置である。つまり職員室に入れさえすれば、だれにでも持ち去ることができたのだ。

 ホワイトボードのキャスターのあとはとくに目立つものは見当たらない。

 ホワイトボードの備品も一緒に持っていかれたのだろうか。周囲を探しているとホワイトボードで使うマーカーやそれを消すマーカー消しがホワイトボードのあった場所のすみにまとめて置かれている。

 これらが残されているということは、犯人のねらいはホワイトボードそのものであると推察できた。

 もしホワイトボードの機能をそのまま有した状態で持ち去ろうとするのなら、マーカーやマーカー消しをける必要はない。

 これらを残しておいたので、欲しかったのはホワイトボードそのものだったことがわかった。

 黒板とチョークは各教室に備え付けてあるため、書く場所が足りないわけでもなさそうだ。


 では、どのようにして持ち去ったのか。

 ひとりで行なったとすれば、通路のどこかに打ったあとやこすったあとが残されているかもしれない。それらが残されていなければ複数による犯行はんこうということになる。


 職員室の戸を開けて、足元に視線しせんを向けながら周囲を見て歩くと、ところどころにこすったようなあとが残されていた。ひとりの犯行であることが考えられる。

 そして人目をかいくぐってとなれば慎重しんちょうに運び出す時間はなかったはずだ。


 そして、だれかに見られてもおかしくない人が持ち去ったとは考えられないだろうか。

 皆が気に留めない人だったからこそ、目撃者が出てこないのではないか。


 ホワイトボードといえば、書いてすぐ消せるのが特徴だ。

 それを使っても不思議でない人たちといえば、当然教職員きょうしょくいんげられる。

 とくに職員室から運び出されたのであれば、生徒に見られたとき教職員きょうしょくいんでないかぎり不自然さは残ってしまう。

 もし生徒が犯人はんにんであれば、職員室からホワイトボードを運び出そうとしたとき、それだけでとても目立ってしまうはずだ。


 しかしあやしげな人物を見たという声が出てこない以上、必ずや教職員きょうしょくいんがかかわっているはずだ。犯人はんにん教職員きょうしょくいんしぼってよいだろう。


 では、なぜ犯人はホワイトボードを欲しがったのだろうか。

 マーカーが切れたのならマーカーを持ち去ればよく、マーカー消しを無くしたのならマーカー消しを奪えばよいのである。

 それらに目もくれずホワイトボードだけが消えた。

 であれば、犯人はんにんはマーカーやマーカー消しをすでに持っている人物だと考えられる。


 うちの中学校でホワイトボードを使っているのは、理科室、音楽室と体育館。そしてサッカー部、バスケットボール部、バレーボール部の各部室である。

 これらの現状を確認しようと各部屋をまわろうとしたのだが、今日は音楽の松平先生が体調をくずしていて休みをとっていた。まずはそれ以外をひとつずつまわることにした。


 職員室と同様二階にある理科室だが、ここにはホワイトボードが二台あった。壊れていなければ、ここに三台目のホワイトボードは必要ないだろう。そしてなぜか二台のホワイトボードは足がチェーンとカギで固定されており、一台だけ持ち出すのは難しいように見えた。


 次は体育館だが、職員室からここへは一階まで降りなければならず、移動がたいへんそうである。しかも最初から一台しか置かれていないので、前のを処分していなければここに職員室のものを持ってきても意味はない。体育館をくまなく探したが、こわれたホワイトボードは見当たらなかった。今ある一台もキャスターがうまくころがらないようだった。


 サッカー部、バスケットボール部、バレーボール部はそれぞれ校舎こうしゃから離れた部室まで移動しなければならないのだが、いずれへ向かう校庭にもホワイトボードが引きずられたあとはなかった。いちおう中を確認したがホワイトボードは一台ずつである。


 三階にある音楽室のカギを職員室で借りて中へ入ると、ホワイトボードが二台ある。こちらもどこかにこわれたホワイトボードがないか探してみたが見当たらなかった。



 これから考えるに、職員室と同じ階の理科室が最も持ち出しやすく目につきづらいので第一候補こうほとなる。

 そして同じく二台のホワイトボードがあった音楽室も気になる。職員室からは一階上の三階で運び入れるのが難しいため第二候補こうほである。

 体育館は下に降ろすのに難渋なんじゅうするが後は簡単かんたんに入れられるので第三候補こうほである。

 そして校庭にあとが残されておらず、サッカー部、バスケットボール部、バレーボール部へ持ち出したとすれば二人以上でホワイトボードを持ち上げながら移動させなければならない。そんな目立つ行動をしていれば、誰かに見られていていいはずである。だからこの三つは外してよいだろう。



 それでは理科の杉先生と、音楽の松平先生、体育の加藤先生に話を聞いてみよう。


 まず理科の杉先生。開校以来、理科室には二台のホワイトボードがあったのだという。だから、たとえ一台が無くなったとしても、とくに支障をきたさないらしい。

 次に体育の加藤先生。ここも最初から一台常備じょうびされていたという。だが、最近はキャスターがうまくころがらない不具合があったようだ。確かに体育館にあったものはキャスターがこわれていた。

 最後に音楽の松平先生。体調を崩していて電話で話したが、音楽室にもホワイトボードは備えてあったという。



 では、犯人は誰で、無くなったホワイトボードはどこへ行ったのだろうか。


 まず部活動で持ち出された可能性はない。

 さらに体育館のホワイトボードはキャスターに問題があった。職員室にあったものはキャスターに異常がなかったので、これも別物だろう。

 であれば理科室にあったもの、または音楽室にあったもののどちらかが職員室からぬすまれたものだと推定すいていできる。


 理科の杉先生にくわしく話を聞くと、どうやらたびたび理科室のホワイトボードが一台紛失ふんしつしており、しばらくして戻ってきたことがあるという。

 ということは、誰かが常習じょうしゅう的に理科室から一台持ち出していたものの、今回は職員室の一台がねらわれたのだろうか。

 そういえば理科室のホワイトボードにはチェーンとカギがかかっていた。それもぬすまれないようにするための仕掛しかけだったのではないか。

 そんなことをしてなにか利点があるのだろうか。


 そこまで来てようやく犯人はんにんだれかわかった。

 本日の下校時間が過ぎるのを待って、犯人はんにんを待ちせる。


 ◇◇◇


 暗く静まった校内に、キャスターがカラカラところがる音が聞こえている。

 そして職員室の戸がゆっくりと開けられ、再びカラカラと音が鳴った。

 ここだと思った高橋先生は職員室の電気をつけた。

 目に映ったのは、ホワイトボードを押している松平先生の姿だ。

「やはりあなたでしたね、松平先生」

「高橋先生、どうしてここに!」

「あなたが職員室にホワイトボードを戻すのを待っていました」

 松平先生はおどろきをかくせないようだった。

「なぜ私が犯人はんにんだとわかったんですか?」

 高橋先生は冷静れいせいに声を発していく。

「まずホワイトボードは本校に理科室、音楽室、体育館、サッカー部、バスケットボール部、バレーボール部と、ここ職員室にしかありません」

 高橋先生の推理は続く。

「そして理科室の二台はチェーンとカギで固定されています。体育館の一台はキャスターがこわれたままです。サッカー部、バスケットボール部、バレーボール部へ持ち出したとすれば校庭にキャスターを転がした後が残るはずですが、そんなものはありませんでした」


 松平先生はひたいからあせらした。

「つまり音楽室にあった二台のうち一台が職員室のものであることにうたがいの余地よちはありません」

 さらに高橋先生は続ける。

「松平先生は電話でホワイトボードの数を言わなかった。もし一台と言ってしまったら職員室から持ってきたことがバレてしまう。そして二台と言ってしまったら職員室のホワイトボードはもうもどせなくなる。だから数を言えなかったんです」


 松平先生は覚悟かくごを決めたようだ。

「音楽部の練習では模造紙もぞうしいた譜面ふめんを黒板やホワイトボードに付けるのですが、長い曲の場合、場所が足りないんです。だから備品の追加ついか申請しんせいを出していたのですが、今までまったく対応してもらえませんでした。ですので、ここから近い理科室から一台借りてくることが多かったのですが」

「今はチェーンとカギがかかっていて持ち出せなかった、と」


「はい、他に見当けんとうもつかなかったので、ついだれもいなかった職員室から持ち出しました」

「ということだそうですよ、校長」

 というと職員室に隣接りんせつする校長室から校長が現れた。


「松平先生からの申請を放置していたのは私です。まさかそこまで思いつめていらっしゃったとは」

「申し訳ございません、校長。すぐに戻せばバレないだろうとたかをくくってしまって……。そうしたら今朝けさ体調をくずしてしまい、戻せずにいて」

「こんなおおごとになってしまった、というわけですね」

「本当にもうしわけございませんでした」


 校長は松平先生のかたをたたいた。

「そこまで必要であれば、ホワイトボードはすぐに注文します。その代わり、もう二度と他のところから持ち出さないようお願いしますね」

「はい、ありがとうございます。もう二度といたしません」

 松平先生は校長にあやまっていた。


こまっていたからといって、他の人に迷惑めいわくがかかるようなことは二度としないでくださいね。高橋先生も今日はどうもありがとうございました」




─了─

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