兄様は絶対に死なせません!! ー 死ぬ運命の大好きなキャラの妹に転生したので、全力で兄を守り抜きます ー

細蟹姫

第1章 倭ノ国編

第1話 その死は突然に訪れた

 突然だが、八代奈々やしろななは死のうとしていた。


 といっても、自殺をしようとしているわけではない。

 たまたま乗ったバスがバスジャックに遭い人質になってしまったのである。

 バスの中には子連れの親子もいて、状況がわからず泣き出してしまった子どもに苛立ちがピークに達した犯人が刃物を振り上げた時、場違いながら感じてしまった胸の高鳴りを奈々は抑える事ができなかった。


『コレは絶好の機会っ!』


 そう思えた瞬間には、すでに子どもと犯人の間に滑り込んでいた。


 このとき奈々の頭にあったのは、ここでなら得られるかもしれない『名誉の死』だけで、子供への心配や犯人を止めなければなんて感情は皆無だった。




 ***




「はぁ・・・かける様って、なんでこんなに格好いいんだろう・・・」


 うっとりとゲーム画面を見つめるのは、数時間前大好きなゲーム【Vanquishヴァンキッシュ The Prophecyプロフェシー】通称【VTP】をしている奈々。


 神による世界の終焉が予言された世界で、それに立ち向かう使命を下された一人の死神が、手ごまとなる強き人間の魂を導きながら共に成長して、世界終焉の元凶である死神の王を打ち倒す育成型RPG。

「ゲーム性よりも物語性を大切にしたい」という制作陣の言葉の通り、物語を彩るキャラクター達のイベントでは、その生き様が美しい演出とともに丁寧に描かれており、必須要素はあるものの、仲間にするキャラクターや覚えるスキル、攻略の順番などをある程度自由にカスタマイズすることが可能であり、戦闘の難易度もそう難しくはないため、ゲーム初心者にもとっつきやすいゲームであった。


 そんな【VTP】での奈々のお気に入りは、ゲームで定番の日本をモチーフにした和っぽい国【倭ノ国】に住む翔という二刀流の侍キャラ。


 物語の必須要素キーパーソンである翔は、終盤には単独イベントが組まれており、翔がいなければレンの勝利はないといっても過言ではないような見せ場がある。

 無口で強面で、どんな汚れ仕事も顔色ひとつ変えずにやってのける冷酷無比さを持つの反面、自身の命よりも大切にしている妹の瑠衣るいのこととなると途端に人間味を出すという、公式設定でもある妹に対する異常な過保護さは賛否両論あったが、奈々はそんなギャップも含めて翔が大好きだった。


 翔の存在を認識してからというもの、奈々の人生は翔一色。諸事情により、グッズを揃えることは叶わなかったが、持って生まれた手先の器用さを生かしてコツコツと自作していたため、狭い部屋を見渡せば360度何処にでも翔がいた。


『死んだらレンに導いてもらって、絶対に翔様の後方支援をしよう。』


 そう心に固く誓い、空いた時間に図書館へ通っては、地球では空想の域を出ない魔法や呪いについて勉強する程に【VTP】の世界は奈々を魅了し、オタク人生を謳歌させていたのである。


 けれど、そんな奈々には解決できない問題が一つだけあった。


 それは死神レンに選ばれるのは崇高で魂だけという設定。仲間になるキャラクターは、誰しもが大なり小なりドラマティックな物語の末に命を落とす。

 しかしこの平和な時代の日本では、英雄のような勇敢な死を遂げたり、善を尽くせることなどなかなかないのだ。



 だからこそ、突如おきたバスジャック事件は、奈々にとってはまたとないチャンスだった。




 ***




『ここで死ねば名誉の死を得られる。そうすれば、レンに会うことができるはず!』


 そんな思いが先行し『死ぬなら今しかない』と動いた奈々の背中を、犯人が振り上げた刃物が容赦なく突き刺した。


「きゃー!!!」


 悲鳴があがり、ザワザワと人が動く。

 いざこざの間に運転手が機転を利かせたのかバスのドアが開き、一斉に乗客が逃げていくのが見えた。

 その中には、泣き叫んでいた子どもを抱えた母親の姿もあった。


『あぁ・・・よかった。』


 その姿に、何故か心底安堵する。

 犯人にとっては想定外の出来事だったのだろう。

 脅すだけで危害を加えるつもりはなかったのかもしれない。

 血の滴る刃物を持ったまま、呆然と立ち尽くして奈々を酷く歪んだ顔で見下ろしていた。


『そんな顔しないでよ。私はあなたに感謝しているんだよ・・・?』


 奈々の辺りには人がやってきて、何か問いかけてきていたけれど、静かなのに騒々しいそれには応答せず、こちらを見つめたまま警官に取り押さえられる犯人の顔をずっと眺めていた。


 そういえば、人は最期の瞬間に、5-7文字の言葉を残せるらしい。

 だとしたら、この世界に最期に送る言葉は・・・


 ――― ありがとう ―――


 死に際に咲いた満開の笑顔が、犯人を恐怖へと突き落としたことがきっと誰も知らない。


 こうして、八代奈々16歳の人生は幕を閉じたのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る