正夢はただの夢に
「さっそく依頼の話をしてもよろしいですか、名探偵さん?」
「急に礼儀正しくなるな。もう何度も話している仲じゃねぇか」
場所は、都内某所。そこそこに高級なマンションの一室だった。リビングダイニングに置かれた木目のシックなダイニングテーブルに2人の男が座っていた。
「親しき中にも礼儀あり、ですよ。これから依頼するのは、……僕の命に関わることですから」
依頼人の言葉に、名探偵と呼ばれた男は、目を細める。彼が、こう言う場面で冗談を言う性格ではないのは、良く知っていた。
「流石に僕の力を貴方は熟知していますよね?」
「……見る夢が全て正夢になる、だったか?」
正解です、と短く言うと、依頼人の男は、手元のコーヒーに口をつける。
「僕の夢は、必ず現実になります。貴方にも幾つもの正夢をただの夢にしていただきました」
名探偵の頭に記憶がよみがえってくる。
要人のいるホテルの爆破未遂。
飛行機のハイジャック未遂。
幾つもの事件を未遂にしてきたのは、依頼人の夢のおかげだった。
「……またなんか夢を見たのかよ? それを阻止してほしいってことか」
「理解が早くて助かります」
「んで? どんな夢だったんだよ?」
「僕が殺害される夢です」
「……………………へぇ」
殺害。殺されるということ。
名探偵も、流石に息をのんだ。
目の前にこのままでは避けられない死が、迫っている。
ごくりとのどを鳴らして、名探偵は、依頼人に
「どういう状況で、だ?」
「今から2週間後、
「場所は?」
「僕が講演会を開くホテル一室です」
「よし、それだけ聞けりゃあ十分だ」
「はい?」
名探偵は、すくっと立ち上がる。その目に迷いなどないように見える。
「来いよ、依頼人さん。お前を助けてやる」
マンションの一室での会話から、3週間後のこと。
件の名探偵とその依頼人は、当たり前のように焼肉店で食事をしていた。
「よかったな。またうまい飯が食えて」
「いや、確かにうれしいですが、あまりにも力技すぎではないですか?」
「何がだよ?」
「僕の殺害の回避の方法ですよ」
名探偵は、しれっと依頼人が焼いていたカルビを網の上からかっさらう。が、依頼人は気にしていない。否、他に優先することがあった。
「……殺害現場のホテルにそもそも行かず。僕が誰にも会わないよう5日間、密室で監禁。しかも監禁場所が海中の潜水艦……。確かに手を出すのがかなり難しい状況ですね。殺されないわけですよ」
「解決できればそれでいいだろうが。それとも死にたかったのか?」
「めちゃくちゃですね。終わり良ければ総て良し、とは言いますが、過程も重要ですよ?」
「俺の辞書には、書かれてない言葉だな。まぁ、安心しろよ」
名探偵は、またも依頼人が焼いていた肉を盗み取り、白米と一緒に口に運ぶ。
「俺がいるかぎり、正夢はただの夢になるさ」
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