第7話 橋上の攻防戦

 護衛兵のすぐ隣を進んで橋の中央を抜けて、マリオット兵の陣正面へとやって来た。

 あなたの意志でやりたいようにやると良いですわ。あたくしがそれを見届けてあげますわ。


「何だこの化け物は!」


 重装歩兵が左右とガッチリ隙間なく合わせた盾の上から頭を出して睨む。庇がついたもので、指揮官が付けていたヘルムと元は同じ物のようだ。

 並んだ盾の右上にだけ丸く小さな隙間がある。欠けたそこに槍を置いて穂先を突き出した。


「スパイク構え! 密集陣形! 二列目腰だめ、三列目半直構え!」


 戦列後方の指揮官が全ての侵入を拒む鉄壁防御を敷いて待ち受ける。

 グラン・ダルジャン軍はこれを抜けずに苦戦していた、海軍兵も同じように打ち破ることが出来ずに手をこまねいている。


 アボットは鉄塊がついた太い鉄棒を初めて両手で持ち上げる。兵が持つ槍と長さ自体は同じ位で、持ち手は弧状のガードがついていた。


「おでは……おではセシリア様の」


 石畳を一歩踏み出し穂先が並ぶ槍壁に身を投じる。


「突きだせぇ!」


 指揮官が一斉攻撃を命じる、鋭い刃が幾本もアボットの金属鎧に真っ向ぶつかった。その全てが穂先を滑らせ傷を与えられない。


「おではぁ!」


 右後ろへ振りかぶった戦鎚を思い切り前へ向けて振り抜く。盾に力任せにぶつけた。


「ぐぁ!」


 大楯を構えていた重装兵が後ろへと吹き飛ばされ、二列目と三列目の男達を巻き込み派手に倒れた。


 あれだけ執拗に攻撃しても崩れなかった守りがただの一撃で欠けたことにその場の多くが驚く。


「せ、戦列を埋めろ!」

 

 我に返った指揮官が補充兵を走らせる。各自が槍で突くが、全身鎧がそれらを全てはじき返した。

 アボットはもう一歩踏み込み、今度は真横に戦鎚を振るう。すると前列の三人がもつれて吹っ飛ばされ、宙を舞い河へと落下していった。直後水しぶきが上がる。


「ウボァ!」


 腹の底から大声を出す。ビリビリと空気が震え、戦列兵が後ずさりする。

 戦鎚を真上に振り上げると盾を無視してそのまま振り下ろす、石畳に赤い花が咲く。それだけで終わらず、橋そのものも割れて石が砕けた。

 ちょ、やりすぎですわよ! これでは橋ごと壊してしまいますわ。


「ええい化け物の脚を狙え! 左足を集中して攻撃しろ!」


 戦いを諦めるわけにはいかず、指揮官が攻撃目標を絞る。鎧は稼働する部分が弱点だ、となれば膝を狙うのが一番効果を出しやすい。

 上手い事負傷させることが出来れば、これ以上暴れることも難しいはずだ。


 聞こえてはいるが考えることが出来ないアボットは、無防備なまま敵兵の中へ単身突っ込む。


「グボォ!」


 まるで獣が咆哮するかのような声を吐き出し戦鎚を振り回す。隙をみて剣で左足を切り付けるが、上手い事行かずに命を散らしていく。


 二人が同時に河へと叩き落される、その前にすでに息はしていない。どれだけ重装兵の攻撃をその身に受けてもアボットは怯むことなく無双ぶりを見せつけた。

 最早戦列を組むことも出来なくなり、海軍兵も防御を切り崩している。


「今だ、護衛兵道を確保せよ! 馬車を通せ!」


 死体が転がる橋上を進むので馬車がガタガタと揺れる。石が割れる音が聞こえた場所で小窓からセシリアが「アボット、あなたも必ず来るのよ!」そう声を掛ける。


 戦いの最中だと言うのに彼は振り返り見えなくなるまで見つめていた。

 もう充分ですわ、あなたが強いと言うのが皆に知れ渡りましたわね。


「おで……敵……蹴散らす……」


 まとわりつく奴らを全て跳ね飛ばすと橋を逆戻りして、陸に居る大勢のマリオット軍に向かい歩く。

 橋の上には最早敵はおらず、死体として転がっているか、重傷で呻いているかだ。


「ピールムだ、あれに向けて放て!」


 丘から一斉に投げ槍が飛ぶ。一瞬空が暗くなったかと思えるほどに密集して刃が降り注ぐ。

 斜め下を向いて戦鎚を両手で握り正面に立てて足を踏ん張る。轟音と共に百以上の槍がアボットを襲う、多くがぶつかるも金属が擦れる音をたてて石畳に跳ね、そこいらに転がった。


「効かぬか。魔法兵をこれへ!」


 詠唱の時間を稼ぐために大楯の戦列兵が五重の縦深防壁を築く。密集してただただ耐えるだけ。

 布のローブを羽織った男が四人、橋の袂に歩んできた。手には杖を持ち聖職者とはまた違う雰囲気を放っている。

 それで全員だとしたらかなり貴重な兵種なのだろう、少なくとも他とは違う扱いを受けている。それぞれのすぐ後ろには、二本羽の護衛が従ってすら居た。


「蹴散らす……役に……」


 足元に転がる投げ槍を踏んで折りながらアボットが防壁に近づく。両手で戦鎚を握るとその足を速める。


「く、来るぞ!」


 まるで牛が地を打ち鳴らすかのような地響き。盾の隙間から徐々に大きくなる姿を見詰める兵の顔が蒼くなる。


「ウガァ!」


 助走をつけて大楯に全体重をかけて体当たりをする。合わせられた盾が凹んで、堪らず戦列兵が背から転倒した。それも二人もだ。

 真下から上へと戦鎚を振るう、すると兵が宙を飛び、後列の兵の上に落ちた。


「ウボァ!」


 振り上げた鉄塊を斜め下へと叩き付ける、兵が二人河へ突き落される。そのまま真横に振るうと倍する兵が吹き飛ばされた。


「じょ、冗談じゃないぞ! こんなのが居るとは聞いてない!」


 戦列兵は若く勇敢な兵で構成されている。だがそれは人間相手の話であって、軍兵をまるで草を刈るかのように倒すような化け物に恐怖するのは本能としてごく自然のものだ。


「ウオォォォ!」


 全身鎧の狂人が雄たけびを上げる。すると残った大楯兵が、その象徴である盾を投げ出し背を向けて逃げてゆく。


「ええい、魔法はまだか!」


 四人のローブが一つの魔法を共に織り成す、仲間だからこその連携魔法。彼らも自身の価値を高めるために努力をしている。


 何故か寒気がするような風が巻き起こる。細かい氷の粒が初秋だというのに空に舞った。


「天より舞し煌めき、求めるは鋭き刃、麗美な輝きを備えし刺棘、フォール・オヴ・アイス・サークル!」


 氷の粒が空中で集まって幾つもの鋭い氷柱を形どる。一定範囲内に出来たそれは、突起の鋭利な部分を橋上の人物へと向けた。

 次の瞬間、目にもとまらぬ速さでそれが突き刺さった。鉄がひしゃげるような音が聞こえ、橋上は石が削れた粉が舞い上がる。何故か水蒸気が上がっているのが見えた。


「やったか! 魔法兵を下がらせよ」


 一発詠唱すると肩で息をするほどに衰弱した、寿命を削っての一撃なのだろう。

 氷漬けになった巨人、煙を吹いている。

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