第3話

「やっぱり佐原さん、か」


 帰り道。

 校門を出てからずっと黙っていた祐介が、赤信号待ちで呟いた。


「何のこと?」

「ペンケースのこと。それ以外に何があるんだよ」

「え、だって」


 顔を赤くして一生懸命に僕と話をする佐原さんの顔を思い浮かべてみたけど、ペンケースを隠した犯人だとは思えなかった。


「なんで佐原さんなの? それってエンザイじゃないの?」

「そこなんだよ。どうやって、は分かったけど、なんで、が分からない。俺は人の心が分からないから」


 祐介はほぼペンケースの謎を解明しているようだ。


「どうやって、だけ教えてよ」


 祐介が呆れたように僕を見た。


「どうやって、と、なんで、は、同時に明らかにしないと、それこそ冤罪を生むことになる」

「冤罪かどうかは祐介の推理を聞いてから判断するよ」


 祐介はちょっと僕の顔を眺め、ふん、と鼻を鳴らしてから話し始めた。

 祐介がもったいぶった言い回しをするのは、話をしたくて仕方ない時だってことを僕は知っている。


「コオリウオってさ、巣をつくる魚なんだ」

「へ?」


 いきなりどうした。


「親が巣を作って卵を守る。外敵が来ると追い払う」

「へえ」

「追い払った後は自分の巣に戻るんだけど、他の魚がちゃっかり巣を乗っ取って卵が巣の外に出されてしまったら、コオリウオは自分の卵を見分けることができない。つまり、その年の繁殖は失敗」

「自然は厳しいね」

「で、翔真がそのコオリウオね」

「は?」

「卵がペンケース」

「……」


 何が何だか分からなくなった。

 僕より少し背が低い祐介が、軽く見上げる視線を向けてくる。


「あのさ、翔真は今日一日、自分の席に座っていたじゃん」

「うん」

「席の場所はともかく、それ本当に翔真の机だった?」


 僕はぽかん、と口を開けた。


「いや、あれ? っていうか、え?」

「おそらく席替えの時、休んでいた翔真と佐原さんの机が入れ替わってしまったんだ。佐原さんは職員室に行く前、いったん教室に寄ってそのことに気がついた。で、机を本来の位置に直した」


 机の中に入っていた僕のペンケースは、机ごと場所を変えた。


「だからあの時、僕が探しても見つからなかったんだ!」

「翔真が佐原さんの机を躊躇なく探してたら見つけられていたかもな」

「……でも断りなく女子の机の中を勝手に探すなんて、しないよ普通、そんなこと」


 そして職員室にいた木原先生に診断書を出してから再び教室に戻ってきた佐原さんに、僕はペンケースがなくなったことを話した。佐原さんはそこで何が起きたのか気づいたんだ。


 僕が教室からいなくなると、佐原さんは慌てて僕のペンケースを自分の机から出し、僕の机の中に入れ直して教室を出た。


「そして佐原さんは下校して僕たちは教室に戻り、祐介がペンケースを見つけたんだ! ……でもなんで祐介は机が入れ替わっていることに気づいたの?」

「机が少し斜めになっていて、床のタイルの線とずれていた。今日の掃除当番は中島だったよな。直角を合わせることに命がけのあいつが、机を斜めのままにするはずがない」

「ということは」

「誰かが掃除の後にこの机を動かしたんだ」


 なんだ。

 分かってみるとどうってことないように思えた。


 祐介の話を聞く限りこれは事故みたいなもので、佐原さんは僕のペンケースを隠そうとは思ってなかったみたいだし。


「だけど俺は分からないんだ。どうして佐原さんはそんなことをしたんだ? ペンケースを翔真にそのまま返せばいいのに」

「もしかして僕が怒ると思ったのかな。僕、佐原さんに怖がられてる?」


 祐介が、ふん、と鼻を鳴らした。


「俺には佐原さんの行動の理由が分からない。ただ、翔真にどうしても気づかれたくない何かがあの机にあったのかもな」

「え、何?」

「さあね。例えば落書きとか」


 落書き。


 あったのかどうかも気づかなかった。

 というか、そんなにまじまじと自分の机なんて見てないし、それにまさか人の机と自分の机が入れ替わっているなんて思わないよ!


「……翔真に机を動かした理由を聞かれると思ったのかな。落書きをからかわれるのが嫌で、気づかれないうちに取り換えたかったとか」


 ああ、佐原さんが僕のことをそんなイヤな奴だと思っていたのなら、ショックだ。


「僕、もっと女の子に優しくした方がいいかな」


 祐介がまた、ふん、と鼻を鳴らした。

 もうこれ以上、話す気はなさそうだ。


 佐原さんがどういうつもりだったかは分からないけど、とりあえずペンケースの謎は解けたから僕はそれで満足だった。


 信号が青になった。

 横断歩道の向こうにうちの学校の制服を着た女の子達がいて、こっちを見て騒いでいる。顔に見覚えがないから下級生かな。


「田中先輩だ!」

「え、もしかして今日うちら、ラッキー?」

「せんぱーい!」


 こっちに向かって手を振る子がいたから僕も軽く手を振り返した。

 途端にキャーキャーと歓声を上げる女の子たち。

 なんだろう、動物園の動物になった気分。


 早くあっちに行こう、祐介にそう言おうとして脇を見ると、祐介は僕のことを睨んでいた。


「……そうか、翔真はこの俺に敵わないとはいえ学年でいつも十位内に入る成績で、バスケ部の副キャプテンで、気が利いて、女子にも優しくて、背が高い爽やかなイケメン、なんだよな。条件は揃っている」


 そうかそうか分かった分かった、と、祐介は一人で頷きながら、すたすた先に歩いていく。


「なになに祐介、何が分かったんだよ」

「佐原さんが自分の机にうっかり書いていた、絶対におまえには見られたくない落書きの内容が、なんとなく」

「え、なに。なんかのアニメのキャラ?」

「……次の国語の試験、ぜってえ翔真より高い点数を取ってやる」

「コオリウオについての説明文が問題だったら負けるかも。いや、そうじゃなくて、何が分かったんだよ!」


 どんどん先を歩く祐介は、僕に何も教えてくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

教室の忘れもの 葛西 秋 @gonnozui0123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ