第7話

 ダウンジャケットを着る堅めに肥えた大男が陽気に声を出して、まだ出勤していない一人の存在を伝えると、誰もが期待を脳裏によぎらせた。出勤の五分前というまだ間に合う時間であっても、人をからかい自己を楽しませる材料のやってくることを期待する気持ちが先走ってしまい、実際に大きな遅刻をしたならば業務の変更を余儀なくされて、怒りを容赦なくぶつけずにはいられないはずだが、遅刻した者は一万円を支払い音楽機材を買う為にあてがわれるという罰則があるので、数分の遅刻は皆にとって格好の好物として望ましい形だった。

 モッズコートの肌の白い赤ら顔の男は遅刻に関して娯楽を感じつつも、仕事への真面目な態度があるので僅かな苛立ちを包含するのに対して、鷲の眼の男は、まだ出勤していない常ににやけた面をした男を日常生活の親しい相棒としており、愛玩物が望ましい形で提示されて、いつも自由に扱って遊んでいる玩具がより輝きを増して捧げられたような心持ちで、いじくる待ち遠しさを、短くない付き合いからの仮定を嬉しそうにドレッドヘアの男に話しかけていて、聞く方は失敗することへの恐れを並並ならぬ頑迷な性情で打ち守っているので、遅れて出勤するかもしれない仕事への態度に対して、年上のくせに頻繁に遅刻してだらしない、から始まる蔑みによって生まれた温情によるにこやかな態度で相槌を打っている。マウンテンパーカーを着る南米にいそうな顔の男は、事務所内の角に位置する一番大きな机に荷物を置き、今日一日の仕事全体の流れを確認しながら、遅刻するであろうにやけ面の男に対しての茶化した言葉を挟んでいく。仮に南米風の男を地球とするなら、月のような衛星として公転するキルティングジャケットに首を埋める顎の長い男は、大きな声を出すことなく、周囲の言動を無視するのでもなく、あくまで自分の価値基準を拠り所にした発言をうまい具合に投げる。

 七時半を過ぎ、それぞれが与えられた仕事に取りかかり始め、回収現場へ向かう者は地図で場所を確認して、各自が持っている最適な道順を交換する。男は壁にかかっている薄汚れたベンチコートを手に取り、袖を通し、外に出て、カセットテープ、コンパクトディスク、ミニディスクの三つのメディアを再生できる横長のラジカセに電源を入れ、周辺に民家がないからこその大きな音量で固定されたラジオ番組を流し、仕事の時間へと意識を向かわせた。エンジンの活動に合わせて小刻みに揺れるニトントラック二台と軽トラック三台の排気音の機械活動と、ここで働く者者と階層の異なるラジオのパーソナリティーの声が最も生気ある声音で眠気や倦怠を微塵も感じさせずにその場を支配して、労働する者に“さあ働くか”という気持ちを起こさせる。排気ガスと同じようにラジカセから白いミストが出ていて、灰色のつなぎを着るそれぞれの体に纏い付き、小川から外れて細い支流へ向かう水の速さと線の鋭さで口に吸い込まれていくようだ。男は塗料のこびり付いたゴム付きの軍手をはめて、小鳥のさえずりを聞いた。

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