第2話

 時の静まった二階のダイニングテーブルに腕を乗せ、新聞のめくる音が細かく聞こえる寒さのなか、ミルクに浸かったシリアルを口に入れる。紙の広告は指の脂を吸い取るばかりか、今日のこの一日が始まったばかりだというのに、物物が錯綜する仕事へと男の頭を運んでいった。クルミ材のテーブルから見える二階の居間の窓には、陽の昇る前の冬の朝が覗ける。日中、小高い台地の端にある家からは、小川を挟んだ向かいの住宅街が斜面に沿って建ち並ぶのが見え、それらの背後には老舗百貨店の巨大な長方形の塊が、乳白色を下地として黄色の輪郭線でなぞられた青字の巨大なロゴを大きく浮かし、灯台のように周囲のなかで一際目立つ存在としてそびえ立っていた。今は澄み切った暗さに沈み、前景の家並が昼の残照として幾つかの灯火を残している。男のいる家もその一つとして、闇の深さへの対抗に明かりを放っているのだろう。それでも室内は外の影響を受けずにはいられないので、誰かといる時には決して気づくことのない物物の存在感は、静穏ではあるが多くの人間を恐怖させるしめやかさの膠着した空間に、動物が太陽によって躍動するのなら、動かない物達は闇によって胎動するように、時計の針を鼓動として不気味な存在感を醸し出している。空気の淀んだ藪の近くでふと足を止めて目を凝らせば、目に見えないほどの小さい昆虫が、夏の真っ盛りにそれぞれ意味ある活動をするべく飛び回っているように、灯りに照らされた埃は無重力空間を浮遊している。無音により際立つ耳鳴り、拍手を間違えそうなフィナーレへ向かう前の長い休止音、晴天の下で飛び込む暗闇のトンネル、快活な知り合いの突然死、コントラストが生み出すただの効果にしても、彼らには有り余る生気が漲っていた。

 イタリア製のコーヒーメーカーは二万一千六百円──馥郁タル芳香ガ鼻ヲクスグリ、栗色ノ水面ニ白イ湯気ハ揺ラメキ、黒イえぷろんノ店員ニ手渡ス──。日本製のドライヤーは二千九百円──古イSF漫画ニ出テイタれぇぇざぁぁノ出ル銃ガ、一定ノ咆哮ト共ニ熱風ヲ頭皮ヘ吹キツケテ、家電ノ山ヘ放リ投ゲラレル──。大阪の製造会社のマッサージチェアは二十七万八千円──大型ノ家具家電ノヨウニ傷物ハ嫌ワレテ、取引先ヲ得ラレズ、家畜ヲ解体スルヨウニ革ヲ剥ガサレ、中身ヲ抜カレ、各部位ニ分ケラレルガ、成果ナシ、解体者ヲ痛メツケタ残骸ガ、手ヲツケズニイレバト訴エル──。台湾製の十四インチノートパソコンは八万九千円──外装良シ、もにたぁぁノ割レモナシ、優等生ハ明カリヲ放ッタ瞬間ニ、過保護ニ愛サレル──。マグカップをテーブルに置き、男は小さな溜息と共に数度瞬きをした。

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