第11話


手に取って、カバーの模様を眺めていた。

うん、子供の頃に見たあの模様だ。

淡い色が基調ではあるが、ところどころに金色の部分がある。とても綺麗だった。

見ているだけで不思議な感覚になる。なんて言うのか、ホッとするというか、癒されるというか、じわっと身体が温かくなるというのが一番しっくりくるかもしれない。

ゆっくりと捲ってみる。他の本と違って中は少し古そうだ。色もだいぶ焼けていて、文字も書体は何なのだろうかすこし硬い感じだった。

そして題名を目し、この本は『枝垂柳』と言うのだと初めて知った。

一つ大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

呼吸を整えて、読み始めた。

まだまだ夜は浅い。外では、遠くで救急車のサイレンが鳴っている。今日もどこかで何かが起きているのだろうか。

そんな意識も直ぐにどこかへ行ってしまった。

今は静かな時間だけが流れている。





読み終えて閉じた本をずっと眺めていた。どのくらいそのままでいたのだろう。

そして、表紙の上に手を乗せて目を瞑り、読み終えた本の内容を思い返す。


【本 『枝垂柳』 の大まかなあらすじ】

『時は明治後期、主人公である青年が居候している屋敷は大きな枝垂柳が一際目を引く大きな敷地の中にあった。事情があって家主の世話をしている娘も同居していた。他にも何人か使用人がいた。

青年と娘はお互いに想いを抱きながらも家主に知られるのが怖くて口に出すこともできずに苦しい日々を送っていた。


幾度となく二人は想いを言葉にしようとしながら、どうしても出来ないでいた。言葉にしなくても分かりきっているのに何も出来ない日々が続いていた。

青年は、時々夜になると娘の部屋を覗き見るようになった。決して部屋の中へは入ることはできないでいたが、どうしても直ぐそばへ行きたい衝動を抑えられないでいた。娘はそのことにいつの頃からか気がついていたようだった。


ある夜、娘は青年に見られていることを承知で、自室で自慰行為をしてしまう。そして度々それを繰り返すのだった。覗き見ている青年は、最初こそ見てしまうことの罪悪感に襲われたが、次第に娘の手の動きに合わせて心の中で娘を愛するようになっていた。娘も戸の向こうにいる青年の吐息が直ぐ耳元で聞こえているように感じていたのだった。その時お互いの想いは絡み合っていたのだろう。


ある夜、娘の部屋の前から立ち去る青年の後ろ姿を家主が目撃してしまう。そして、娘が自室で着物の乱れを治す姿を見て二人の仲を誤解してしまったのだった。

娘に気があった訳でもないのに、人の物を勝手に取られた事への怒りを抑えられなくなった家主は、ある日、青年がその場にいて見ていることを承知で娘の身体を自分のものにしまう。

そのあまりに酷い光景を目の当たりにした青年は、驚愕のあまり何もできず、耐えきれずにその場から逃げ出してしまった。そして、逃げる青年の姿を娘はしっかりと見ていたのだった。


その後の二人がどうなったのかというと、青年は娘を助けられなかった己が許せなかった。どうして逃げたのだろう。自分の娘に対する想いはなんだったのだろう、と苦悩していた。

娘はあの時の自分の身体の苦痛よりも、立ち去る青年が穢らわしいものを見るような目をしてたと思えてしまい、途方もない絶望の淵に立っていた。

二人は心中などではなく、それぞれが死を選び、そしてお互いそのことは知らずにいた。

結果は娘だけが亡くなり、青年は願いが叶わず生き残ってしまった。


死にきれずに絶望の淵にいた青年は、後に娘が亡くなったことを知り半狂乱となる。

手当たり次第の物をぶち撒けて、泣き叫びながら家主の部屋へと押し入り、そこに居た家主を短刀で切り付けた。しかし、身体の大きな家主には到底敵わず、敢えなく反撃されてしまう。殴られ、そして、揉み合ううちに青年は家主に短刀を奪われ、胸を刺されてしまいその場に倒れ込んだのだった。


青年がうつ伏せの状態で最後に見えたものは、この部屋に飾られている真っ白な、いや、娘のあの透き通った肌のように白く、そして青年が切られた時に飛び散った血飛沫が流れて赤い模様となった“壺”だった。


自分の体の下敷きになって動かせない腕ではなく、反対側の腕を必死に伸ばし、ようやく手のひらが壺に触れた途端、息絶えてしまった。』



読み終えてもしばらく動かなかった。

とても救われない。二人が出会う時代が異なっていたらどんなに良かったのだろう。最後に見た壺は、青年には娘に見えたのではないだろうか。


この本の挿絵にある“壺”と同じ模様の壺が私の目の前にあった。

そして、私の頬に流れる涙はなかなか乾くことがなかった。




第12話へ続く

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柚 美路 @yuzu-mint

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