第2章 ある意味危険な屋敷神様

第1話 あれからというもの

「なあ、タダノさんの連絡先、教えてくれてもいいだろ?」


 美少女しずちゃんが、このなぎなた教室に来てから一週間後の稽古の時だった。


 とおるのヤツ、学校でも何か言いたそうにしているな……とは感じていたけど、このことだったのか。

 わたしに対する失礼な発言を、少しは反省したのかと思ってたのに。期待していたわたしがバカだった。

 

「だから、しずちゃんの許可なしには教えられないってば」

「じゃあ、早く連絡して確認してくれよ」


 この一週間姿を現してこないの……なんて遠には言えない。

 一応SNSつながりという話になっているから、連絡先を知ってるように振るまっている。

 でも、わたしも知らないんだよね。雫さんの連絡先。

 そもそもあの人に、連絡先なんてあるのかも疑問だ。

 だってあの人は屋敷神さまだから……スマホとか持っていないんじゃないかな?


「……わかった。しずちゃんから返事がきたら、聞いてみるから」

「うん」

「聞いてみるけど、しずちゃん基本的に返信ゆっくりなの。だから、あんまり返事を急かすと嫌われちゃうからね」

「……わかった」


 遠は神妙な顔でうなずいた。

 たとえ連絡先があったとしても、遠には教えてくれないと思うけどね。と、心の中で舌を出す。


 やっと遠から解放されて慌てて更衣室に行くと、美沙さん、志保さん、葵さんが心配そうな顔を揃えて待ち構えていた。


「凛ちゃん、遠くんに何か言われた?」と美沙さん。

「インネンでもつけられた?」と葵さん。

「も、もしかしてカツアゲ?」と志保さん。


 インネンとかカツアゲとか、よく意味がわからないけど、何やら物騒なことなのだろう。

 不良扱いされるのは、さすがに遠が気の毒だ。なので正直に遠とのやり取りを話すことにした。

 

「タダノさんの連絡先を教えろってしつこいんです」

「タダノさん? ああ、この間の美少女か」

「うちの王子は美少女にご執心とは……」

「遠くんって硬派かと思ってたのに、結局美少女になびいちゃうのかぁ」


 三人のお姉さまたちは、しみじみとため息をつく。皆さん、遠に夢を見すぎです。


「でもさ、しずちゃんってなんだか不思議な子だったね」


 ぽつりと志保さんが呟くと、美沙さんと葵さんも大きくうなずく。


「わかる! すっごく美しくしかったのは覚えてるけど、はっきり思い出せないのよね」

「何だか夢を見ていたみたい」

「そうそう」


 わかる。わたしもそんな気がする。

 つい先週のことなのに、ずっと前のことみたい。

 毎日祠のお手入れをしているのに、雫さんは姿をあらわさないし……もしかして夢だったのかな?


『やっぱり、ボクにしておかない?』


 あんなこと言っておいてさ。

 しかも……キ……あんなことまでしたくせに。


「凛ちゃん、やだ、まだ袴履いてなかったの? もう稽古始まるよ!」

「え、あ! はいっ!」


 着替えるの途中で、いつの間にかぼんやりしていたみたい。美沙さんの声に慌てて身支度を整えると、三人の後を追いかけた。


****


 おかしいな。ここ最近、雫さんのことばかり考えてる気がする。

 いつも必死になって見ていた遠の稽古姿も、頭の中を素通りしていく感じ。

 代わりに思い浮かぶのは、稽古着姿の雫さん。

 ほんと、初めてとは思えないくらい上手だったなあ……。いっそのこと、うちの教室入ってくれたらいいのに。


「凛ちゃん、次!」

「は、はいっ!」


 いけない! 武藤先生との打ち込み稽古の途中だった。

 わたしの前に手合わせを終えた遠が、バカにしたような目を向けている。

 は、腹が立つ~! やっぱり、しずちゃんの連絡先なんて、わかっても教えてなんかあげないんだから!




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