第5話 美少女は何を着ても似合う

「りん、すごく凛々しくて格好いい……」


 わたしの稽古着姿を見るなり、雫さんはキラキラした目を向ける。


「……しず、さんの方が似合ってるよ」

「ホント? ありがとう!」


 雫さんも先生が貸してくれた予備の稽古着に着替えていた。

「せっかくだから、体験もしてみない?」という武藤先生の勧めで、雫さんも稽古に加わることになったからだ。


 美少女は何を着ても似合うらしい。

 白い木綿の稽古着と、紺色の稽古袴。長い髪をポニーテールにしたら、凛々しい美少女の出来上がりだ。

 わたしも今髪を伸ばしているけれど、ヘアピンで留めて、かろうじてひとつに結べるくらい。ポニーテールどころか、仔犬のしっぽ程度だ。


「遠くん。どうかな? 似合う?」


 気が付くと雫さんは、遠のところへかけ寄っていた。稽古着姿の自分を見てといわんばかりに、くるりと一回転してみせる。


「どう? おかしくない?」

「え、ああ……」


 遠は戸惑いつつも、じわじわと頬を赤くする。拳で口元を隠すように当てると、恥ずかしそうにうつむいた。


「…………似合う」

「ホント? 嬉しい」


 普段は見せない遠の表情に、胸がずきんと痛む。

 雫さん、どういうつもりなんだろう。

 もしかして……遠を誘惑していない?


「凛ちゃん! 稽古始めますよ」

「は、はいっ!」


 武藤先生の声に我に返って、慌てて列に加わった。


「なぎなたは、礼に始まり礼に終わるといいます。タダノさんも皆に合わせてみてくださいね」

「はい」


 先生の言葉に、雫さんはニコリとほほ笑む。

 けれど、なんというか……何かを企むような笑顔で、ものすごく嫌な予感がする。


「礼!」

「よろしくお願いします」


 全員の声が体育館に響き渡った。

 

* * * *


「立礼は三十度の角度で……足幅は足ひとつと半分くらい」

 遠が小さな声で話しているのが聞こえる。

「こんな感じ?」

「そう。左手は握り込まなくていい。切っ先は……こう」

「えっと、こうかな?」

「そう。で、面を打つ時は……」


 遠の口調は淡々としているけど、ものすごく丁寧に説明している。

 普段わたしと接する時と、態度が全然違う!

 わたしと話す時は、もっとぶっきらぼうで、雑な扱いなのに!

 しかも、ふたりの距離が近い!!


「遠くん、教えるの上手だね。すっごくわかりやすい」

「そうかな……よかった」


 褒められた遠の頬が、みるみる赤くなる。

 女の子なんて興味ないって顔しているくせに、やっぱりきれいな女の子には興味があるんだ……。

 まるで別人みたいな遠の様子にモヤモヤしていると、ふいに背中をツンと突かれた。


「凛ちゃん、次!」

「え、あっ! すみません!」


 慌ててなぎなたを構えると、打ち込み棒を構える先生に向かっていった。

 気もそぞろで打ち込み稽古から戻ってくると、遠がじろりと睨みつける。


「花宮、動きが鈍い、遅い」

「うるさいな」


 こういうところがダメだんだろうな。わかっているけど、つい可愛くない態度を取ってしまう。


「じゃあ次、タダノさん」

「はーい!」


 今度は雫さんの番だ。遠が教えたせいもあって、構えの姿はきれいだった。

 そんな雫さんの姿を、先輩お姉さま方は温かい目で見守っている。


「あはは。しずちゃん、頑張ってるね」と美沙さん。

「最初は遠くん目当てかと思ったけど、真面目にやってるじゃん」と志保さん。

「お、今度は遠くんの出番だ」

 とニヤニヤしている葵さんは、わたしをこっそり小突いてくる。

「凛ちゃん、王子取られちゃうよ。がんばれー」

「な、なんのことですかっ」


 このお姉さま方には、わたしの遠への気持ちなんて、とっくにバレているみたいだ。


「りーん! 私どうだった? 上手だった?」


 なぎなたを片手に雫さんが駆け寄ってくる。


「上手だったよ。美沙さんたちも褒めてた」

「ホント? あ、今度は遠くんの番だ。遠くんは上手なの?」

「うん。見てたらわかる」


 遠の打ち込み稽古が始まる。無意識のうちに、遠の姿を追っていた。

 なぎなたを構える姿。前をひたと見つめる横顔に、つい目が釘付けになってしまう。


「遠! 遅い!」

「はいっ!」


 無駄のない遠の動きに見惚れるのと同時に、わたしもあんな風に動けたらと、悔しい気持ちも沸き上がる。


「遠くん、上手だね。強いの?」

 ぽつりと雫さんが呟いた。

「そうなの、上手だし、強くてカッコいいの」


 遠のことばかり見ていたから気づかなかった。

 

「ふうん。そっかぁ……」


 雫さんが浮かべていた不穏ふおんな笑顔に。

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