第3話

 びゃー、という悲鳴が聞こえた気がした。いつになく快適な睡眠を、邪魔されたくなどなかった。声の出所に、尖った視線を向ける。そこにあったのは…お餅みたいなむにむにほっぺたを優也の両手に摘ままれた、楓の図だった。

「あ、にいにがおきたー」

「おにいが、にらんでる…こわっ」

可愛い二人を睨んだのは、初めてだったかもしれない。それほどまでに、快適なひとときだったのだ。兄妹の世話で疲弊した、僕にとっては。

「次はー、終点○○駅。○○駅でございます。お忘れ物のなさいませぬ様、ご注意ください」と言う野太い声と共に、馴染みのある駅名が目の端をよぎった。僕が下を見ると、まだお餅ごっこをしていた二人も、こちらを見上げた。

「にいにー、ここ、ぽぽちゃんのえき?」

「着いた?」

平仮名しか読めない二人が…この駅名だけ読めるだなんて。お兄さん感激。両手で頬を覆いながら、答えた。

「そうだよ。ぽぽさんのお家の、近くの駅だよ」

幼い二人は顔を見合わせ、呟いた。

「にいに、へんなのぉー!」

「おにい、そのかおで、こっちみないで」

景色の流れがゆっくりになり、止まった。僕は二つの手を握り締めて、ホームへと降り立った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る