Ⅲ 意味深な質問
「──お待たせしました。パンケーキとカフェ・コン・レチェにございます」
コーヒーを練り込んだ生地を焼き上げ、蜂蜜をかけて生クリームを盛ったパンケーキを銀盤に載せ、私は令嬢達の席へと運んでゆく。
「うわあ! おいしそうですわ!」
「ほんとに。抜け出してまで来た甲斐がありましたわね」
テーブルの上に置かれたその黒いパンケーキを見つめると、二人は目を輝かせて歓喜の声をあげる。
うちはあくまでコーヒーで売っている店なのであるが、それでもそうして喜んでくれると悪い気はしない。
「では、どうぞごゆっくり」
「あ、ちょっとマスター、訊きてえことがあるんだが……」
微笑みを浮かべて令嬢達にお辞儀をし、カウンターへと戻ろうとしたその時、不意にあの〝探偵〟だという若者に呼び止められた。
「あ、はい。なんでしょう?」
「ちいとばかし変なこと訊くが、この店に〝胸に赤い薔薇を刺した男〟の客って来たことねえか?」
それに振り返って私が訊き返すと、探偵はなにやら意味深な、そんな質問を私にぶつけてきた。
なぜそんなことを尋ねるのか? 皆目検討がつかない……それにそんな客は一度も見たことないように思う。もしそんな目立つ客がいたら、ぜったい記憶に残っていると思うのであるが……。
「さあ? いなかったように記憶しておりますが……その方が何か?」
そこで私は首を横に振ると、正直にそう答えてむしろ尋ね返す。
「そっか。いや、知らねえならいいんだ……ついでにもう一つ。最近、裏通りの方の界隈で、魔導書密売してた業者がパクられたのは知ってるか?」
すると、今度は突然話題を変えて、またもよくわからないことを訊いてきた。
「魔導書……?」
故になんとも便利な代物なのではあるが、その強大な力は現体制をも揺るがしかねないため、宗教的権威であるプロフェシア教会や、その影響下にある国々ではその自由な所持・使用が固く禁じられている。
無論、筋金入りのプロフェシア教国であるエルドラニアもご多聞に漏れず、もし無許可で持っているのが見つかれば、異端の罪で火炙りになることも想像に難くないであろう。
もっとも、そうした強権的な禁書政策も完璧というわけではなく、裏の
そういえば、つい最近も
「ああ、はい。なんとなくは聞き及んではおりますが……それが何か?」
どういう意図を持っての質問かは知らないが、とりあえず私は正直なところをそう答えた。
「…………いや、いい。変なこと聞いちまってすまなかったな。俺にもコーヒーおかわりくれ…ああ、もちろん、ミルクと砂糖は忘れずにな」
すると探偵は、じっと私の顔を長らく見つめた後に、不意にその瞳から鋭さを無くし、またもハーフボイルドな注文を笑顔で口にする。
もしかして、何かカマをかけていたのか? だとすると、彼が追っているのは魔導書絡みの事件かなにかなのだろうか? それと、さっき言っていた〝胸に赤い薔薇を刺した男〟とはどんな関わり合いがあるのだろう?
いずれにしろ、これで彼が純粋な客として毎日来ていたわけではないことははっきりとした……これまでは悟られないようにおとなしくしていたが、ご令嬢達に探偵だとバラされたので大胆な行動に出たのかもしれない。
となると、ひょっとして私はなんらかの疑いをかけられているのか?
「はい。かしこまりました……」
ますます以って疑念と不安を内心抱きながらも、表向きは冷静さを装い、いつものように淡々と返事をする。
そういえば、すっかり失念してしまっていたが、怪しい客といえばもう一人、同じく毎日、一日中居座っている人物がいる……。
「…………」
私はカウンターへ戻るフリをして、振り返りざま、チラリと店の奥の席へ視線を向けてみる。
すると、こちらをじっと睨むように観察していたあのダンディな紳士は、まるで誤魔化すかのようにさっと目を逸らし、何事もなかったかのようにまた本を読み始めた──。
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