捻れて歪んだ僕らの恋

i & you

捻れた恋の行方

 僕の名前は螺子巻 総士。ほら、ぐるぐる巻くあのネジに、巻くって書いて、螺子巻。

 総士は総合の総に戦士の士。我ながら格好いい名前だと思う。でも残念ながら、先祖代々伝わる苗字なんかじゃない。かと言って、格好つけたい父親が改名した、なんて事でもない。自分で勝手に付けた。

 僕は、いわゆる天涯孤独だ。生まれた場所も分からない僕にある記憶は、値札を貼られて店で売られていたことと、ただガンガン、ガンガンとうるさい音ばかりが聞こえる場所で過ごしたらしい事は薄ぼんやりと覚えている。

 父親と母親の顔や声も一切記憶にないし、勿論兄弟姉妹もいないはず。

 だから、僕は自分で名前をつけた。生きて行く上で最低限必要な、名前を。名は体を表すって言うだろう?僕の人生は螺子のように、ぐるんぐるんと渦を巻いている。

 ご主人様──僕の所有主はあの日、惨めに売られていた僕を救い上げてくれた。そして、自らの家へと連れ帰り部屋を与えてくれた。そこでは多くの衝撃が待ち受けていた。僕にとって初めて与えられた部屋。初めての暗がり。初めての休息。そして、初めての友人。僕1人では持て余しそうなその部屋に先んじて居た彼の名前を、僕は知らない。

 というのも、そもそも彼には名前が無かったのだ。僕の名前だって自分で決めた物だし、逆に言うなら自分で決めなければ僕らみたいなものに名前が与えられることはまずない。

 名は体を表す、と先程言ったけれど、つまりは名無しの僕らの程度も知れるというものだ。

 初めて与えられたその部屋に入ってすぐ、僕は何かにつまづいて転んだ。足元の方から「痛てぇ」と言う声が聞こえて、1人だけの部屋なのだと勝手に思っていた僕はたいそう驚いた。

「き、君は誰」

 咄嗟にそう尋ねた。

「あぁ?名前なんざねぇよ」

「彼」は吐き捨てるようにそう言った。

「そ、そうなんだ」

 なんだか申し訳ないような気がした。売られている時、通りがかる人々が互いを呼びあっていたものが個人を識別するための「名前」である、と朧気に理解した僕は、名前を呼びあう相手を求めていたのだ。

 その後僕は自分に大層な名前──螺子巻 総士──を付けて小躍りすることになるのだが、それはまた別の話。

「お前は何なんだ」

「え?」

「だからお前は何なんだよ。名を尋ねたんだから、そっちも名乗るのが礼儀だろ」

 知らねぇけど、と彼は付け加える。

 彼の期待に沿うような物は何も無い。

「ごめん。僕にも、名前が無いんだ」

 神妙な顔でしばらくこちらを伺っていた「彼」は、突然大きく笑いだした。

「ははっ、はははっ、てめぇの名前もねぇ癖に他人に名前聞いてたってか!はははっ、こりゃ傑作だぜ全く」

 ひとしきり笑い終えた「彼」は、「じゃあ名無し同士よろしくな」

 と友好的な笑みを浮かべた。「彼」も寂しかったのだろうか。突然の態度の変化についていけなかった僕に「彼」が、

「なんだよ、話し相手もいなくて寂しかったんだよ。それがなんか悪いか」

 と慌てて不貞腐れたような表情を浮かべたので、僕も思わず笑ってしまった。

 僕らの出会いはこんなものだ。

 あっという間にうちとけた彼から事情を聞くと、「彼」も僕と似たような状況にあるらしい。父親や母親、そして家族はいない。物心ついた頃には既に売られていた。

「ったく。胸くそ悪ぃぜ」

 僕を見据えるその瞳に宿っていたのは、まだ見ぬ父母への怒りだろうか。それとも。

 もう、今となってはわからないけれど。

 それから程なくして、「彼」はご主人様に呼び出されてこの部屋を去った。

「心配すんな。すぐ帰ってくるからよ」

 と言っていた「彼」はもう、帰ってこなかった。この部屋は、僕が1人で過ごすには、少し広すぎるように感じた。

 だからご主人様に僕が引っ張り出された時、不安ではなくどこかほっとした気持ちになったことを僕は不思議に思えなかった。

 そして、ご主人様に連れていかれた先で、僕は。いや、こんなこと言うのはほんとに恥ずかしいんだけどさ。

 その、人生初の、恋?に落ちちゃった、みたいで。

 一目惚れ、だった。

 どこが好き、なんてちゃんとは言えない。全身ピンク色に染まった外見が好きだ、としか言えない。性格がどうと言えるほど話してはいない。けれど。

「あ、あのさぁ...!」

 気づけば僕は彼女に話しかけていた。不格好でも、

「どうしたの?」

 一瞬驚いた顔を見せた彼女だったが、直ぐに僕の方に向き直って笑顔を見せた。

「す...す...」

 思えば、僕はまだ「彼」以外と話したことが無い。

「す?」

 すこし困惑したような表情を見せる彼女。

「好きです...!」

 愛を囁く方法なんて知らない。口説き落とす言葉なんて知らない。僕は、ただ直接的な言葉しか、知らない。

「えへへっ、ありがと」

 照れくさそうに笑う彼女を見て、僕は少し安心した。断られるにしろ受け入れてもらえるにしろ、直ぐに罵られるような事は無いようだ。

「実は私──」

 彼女が何かを話そうとした瞬間、とてつもなく大きな力が僕と彼女の双方をくっつけるような形で働いた。

「────ッ!」

 声にならない叫びが喉に詰まった。

 事態を確認しようとした刹那、僕は、今まで感じたことの無い感覚を得た。

「えへへっ、初めて、なんだけどな?」

 言葉の意味を理解した途端、かっと火照ったような気がした。

 僕も彼女に何かを伝えなきゃ。

「僕も──」

 けれど彼女と触れている所から、どうしようもないほどの力が働き、僕はねじ伏せられた。ヴゥン、という音がして、僕の意識がかき混ぜられる。視界がぐるぐると回る。あれ?

 そこで、僕の意識は完全に途絶えた。


「よし、この螺子はしっかり入ったな」

 男は【ピンク色のドライバー】をもって満足気にその場を去った。



 僕の名前は螺子巻 総士。ほら、ぐるぐる巻くあのネジに、巻くって書いて、螺子巻。

 総士は総合の総に戦士の士。格好良い名前だろ?僕がつけた。

 僕は、いわゆる天涯孤独だ。値札を貼られて店で売られていた事と、一時期をガンガン、ガンガンとうるさい音ばかりが聞こえる場所で過ごしたらしい事だけを薄ぼんやりと覚えている。家族の顔や声なんて一切記憶にない。だから、僕は自分に名をつけた。生きる上で最低限必要な、名前を。名は体を表すって言うだろう?僕の人生は螺子のように、ぐるぐると渦を巻いている。

 ご主人様──僕の所有主はあの日、惨めに売られていた僕を救い上げて自らの家へと連れ帰り、部屋を与えた。そこでは多くの衝撃が待ち受けていた。初めて与えられた部屋。初めての暗がり。初めての休息。そして、初めての友人。僕1人では持て余しそうなその部屋に居た彼の名前を、僕は知らない。

 というのも、そもそも彼には名前が無かったのだ。僕だって自分で決めたし、逆に言うなら自分で決めなければ僕らみたいなものに名が与えられることはまずない。

 名は体を表す、と先程言ったけれど、つまりは名無しの僕らの程度も知れるというものだ。

 初めて与えられたその部屋に入ってすぐ、僕は何かにつまづいて転んだ。足元の方から「痛てぇ」と言う声が聞こえて、1人だけの部屋だと勝手に思っていた僕はたいそう驚いた。

「き、君は誰」

 咄嗟にそう尋ねた。

「あぁ?名前なんざねぇよ」

「彼」は吐き捨てるようにそう言った。

「そ、そうなんだ」

 なんだか申し訳ないような気がした。この社会で生きるには名前が必要で、だから僕以外は皆が持っているのだとそう思っていた。その後僕は自分に大層な名前──螺子巻総士──を付けて小躍りするのだが、それはまた別の話。

「お前は何だ」

「え?」

「だからお前は何なんだよ。名を尋ねたのなら名乗るのが礼儀だろ」

 知らねぇけど、と彼は付け加える。

 だが彼の期待に沿うような物は何も無い。

「ごめん。僕も、名前が無いんだ」

 神妙な顔でこちらを伺っていた「彼」は、突然大きく笑いだした。

「ははっ、はははっ、てめぇの名前もねぇ癖に他人に名前聞いてたってか!ははっ、こりゃ傑作だぜ全く」

 ひとしきり笑い終えた「彼」は、「じゃあ名無し同士よろしくな」と友好的な笑みを浮かべた。「彼」も寂しかったのだろうか。突然の態度の変化についていけない僕に「彼」は

「なんだよ、話し相手もいなくて寂しかったんだよ。それがなんか悪いか」

 と慌てて不貞腐れたような表情を浮かべたので、僕も思わず笑ってしまった。

 僕らの出会いはこんな感じ。

 あっという間にうちとけた「彼」と僕とは良く似た境遇らしい。父や母、そして家族はいない。物心ついた頃には既に売られていた。

「胸くそ悪ぃぜ」

 僕を見据えるその瞳に宿るのは、まだ見ぬ家族への怒りか、それとも。

 もう、今となってはわからないけれど。

 それから程なくして、「彼」はご主人様に呼び出されてこの部屋を去った。

「心配すんな。すぐ帰ってくるからよ」

 と言っていた「彼」は、帰ってこなかった。この部屋は、僕が1人で過ごすには少し広すぎる。だから僕はご主人様に呼ばれて部屋を出た時、不安ではなくどこかほっとした気持ちになった。

 そして、ご主人様に連れていかれた先で、僕は。いや、こんなこと言うのはほんとに恥ずかしいけど。

 その、人生初の、恋?に落ちた、みたいで。

 一目惚れ、だった。どこが好き、なんてちゃんと言えない。ピンク色に染まった外見が好きだ、としか言えない。性格どころか話したことも無い。けれど。

「あ、あのさぁ...!」

 気づけば僕は彼女に話しかけていた。

「どうしたの?」

 一瞬驚いた顔を見せた彼女だったが、直ぐに僕の方に向き直り笑顔を見せた。

「す...す...」

 思えば、僕はまだ「彼」以外と話したことが無い。

「す?」

 すこし困惑したような表情を見せる彼女。

「好きです...!」

 愛を囁く方法なんて知らない。口説き落とす言葉なんて知らない。僕は、ただ直接的な言葉しか、知らない。

「えへへっ、ありがと」

 照れくさそうに笑う彼女を見て、僕は少し安心した。

「実は私──」

 彼女が話そうとした瞬間、とてつもなく大きな力が僕と彼女の双方をくっつけるような形で働いた。

「────ッ!」

 声にならない叫びが喉に詰まる。

 事態を確認しようとした刹那、今まで感じたことの無い感覚が走る。

「えへへっ、初めて、なんだけどな?」

 言葉の意味を理解した途端、かっと火照ったような気がした。

 僕も彼女に何かを伝えなきゃ。

「僕も──」

 けれど彼女と触れている所から、どうしようもないほどの力が働き、僕はねじ伏せられた。ヴゥン、という音がして、僕の意識がかき混ぜられる。視界がぐるぐると回る。あれ?そこで、僕の意識は完全に途絶えた。


「よし、この螺子はしっかり入ったな」

 男は【ピンク色のドライバー】をもって満足気にその場を去った。



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