第2話

 今月上旬のこと、校内で球技大会が開催された。

 これに際して二年一組では、堀辺くんがある提案を披露ひろうした。


 ――俺は大会当日、着ぐるみを着てクラスメイトを応援するぜ! 


 突飛な発案は驚きを呼んだものの、堀辺くんらしい、とも誰もが思った。

 着ぐるみに関しては、演劇部が所有しているものを借りればいいという。


 正直なところ、個人的には気乗りしない意見だった。

 けれどクラスの中からは支持が集まって、実現へ向けた具体的な話し合いが行われた。


 その結果、特定の部活から器物をクラスで借り受けることについて、生徒会にも許可を取ろうという結論になった。



 ――じゃあ成海、この件を会議で掛け合ってみてくれないかな? 


 堀辺くんは、いつものようにへらへら笑って、頼み込んできた。


 私が中学校の副会長に就任してから、半年余りがつ。

 本来こういうクラス単位の要望は、学級委員が生徒会へ申請すべきなんだけど――

 堀辺くんは、この機会に私の立場を利用しようとしたわけだ。


 私はそれを断り切れず、生徒会役員会議の場で交渉することになった。

 すると演劇部から着ぐるみを借りる件は、わりと簡単に許可が下りた。



 かくして、球技大会の当日を迎えると。

 堀辺くんは、実際にパンダの着ぐるみを着て、大いにみんなを盛り上げた。

 雰囲気作りに成功したことで、二年一組は学年別優勝という成果も収めた。



 ところがそれから二週間が過ぎ、好ましくない事態が発覚した。


 昨日の放課後、私は副会長の仕事で運動部の部室を見て回っていた。

 私たちの中学校では、生徒会役員が定期的に部活動の様子を監査かんさする。設備や備品の使用状況などを確認し、活動実績と合わせて、年度毎の部費に反映させるためだ。

 だから監査記録の台帳を抱え、サッカー部の部室にも立ち入った。


 そこで私が目の当たりにしたのは、なんとあのパンダの着ぐるみだった。

 プレハブ小屋の出入り口付近にある、ふたがない木箱の中に放置されていたのだ。


「……信じられない。まだ演劇部に返却していなかったなんて」


 私は、発見の驚きと共に、堀辺くんに怒りを覚えていた。

 着ぐるみの貸し借りの件は、彼に一任していたからだ。


 演劇部の部室は、西校舎三階の奥にある空き教室のひとつだった。

 隣接する第二被服室を衣裳部屋兼更衣室に使用していて、サッカー部の部室からは遠い。

 着ぐるみ一式を、あそこまで抱えて運ぶのが億劫おっくうだというのは、わからなくはない。


 ――でも大会が終わったら、すぐ返す約束だったはずなのに。


 きっといっときだけのつもりで、ここに置いておいたのだろう。

 それにサッカー部では、部室の中に着ぐるみがあっても、いちいちさわぐ人は少なかったのかもしれない。ユニフォームの着替えやミーティング以外だと、校庭で練習や試合をする活動が中心だから、あまり邪魔に感じたりもしなかっただろうし……。


 それでだんだん気にすることもなくなり、返却するのを失念してしまったに違いない。



 すぐにも堀辺くんには苦言を呈したかったが、そう思うようにはできなかった。

 部室を監査した当時、その場にはサッカー部の関係者が誰も居合わせていなかったからだ。

 悪天候で参加者は少なかったけど、部員は校庭で通常通りの練習に取り組んでいた。私は一人で、勝手に部室の中を見せてもらっていた。


 しかし堀辺くんが練習を終えて戻ってくるまで待つ気にはなれず、忠告するのは次の日へ持ち越すことにした。

 それから、生徒会の仕事を少し早めに切り上げ、雨が激しくならないうちに下校した。



 ……その後にまさか、堀辺くんがパンダの頭を被って、校庭を横断するとも知らずに。

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