第14話 前例無しの改変 Ⅶ

「──坂井さんは?」


 紗奈が駄目元で聞くと、坂井は手を振って「無い」と言った。


「うちに連れて帰って預かれって事なら断るよ。うちには透也とうやも居るし、由美ゆみに変な疑いかけられたく無いしな」


「そっか、そうですよね……」


 坂井には妻子が居る。彼単独では決められ無いのだ。


「中山さんに相談してみます。誰か居ないかを」


 紗奈が言うと、さやかが紗奈の手をさらに強く握った。またたらい回しにされるのでは無いか、と不安になってしまったらしい。

 紗奈はまた申し訳なくなって、「大丈夫」と言ってさやかの手を握り返した。


「中山さんが良いって言ったらだけど……さやかちゃんたち、うちに来る?」


 むしろそれしか無い、と思った。紗奈が聞くとさやかは即座にうなずく。優斗は、


「川野さんはいいの?」


 と気づかうように聞いて来た。


「中山さんがいいって言ったら、私はいいよ」


「ありがとう」


 しっかりした優斗の受け答えに、初めて兄らしさを感じる。さやかの方が大人びている様に見えて、やはり年齢は彼の方が上なのだ、と紗奈は思った。


「じゃあ私、中山さんに聞いてみます。でも……私が家に帰るまでには、まだ大分時間があると思います。それまでどうしますか?」


 しかし、それこそもしかしたら、帰るどころでは無いかもしれない。改変の規模からして、社員を休ませる余裕は修正部に無さそうだ。

 そう思い当たり、紗奈はまた考え込む。


「そうだなぁ。俺は、ここでならまだ預かってやれるよ。でも……優斗たち、疲れてるよな?」


 坂井が言う。


「話を聞く限り、夜の10時に家出して来たのところを保護したんだろ? この時代は今朝方だけど、優斗たちには時差があるはずだ」


「そう言えばそうですね……」


 見慣れぬ場所に興奮しているから感じないかもしれないが、小学生ならとっくに寝る時間だ。さやかの機嫌が悪いのなどは、眠気のせいでもあるだろう。


「川野が預かれるって言うんなら、早く寝かせてやって欲しい所だね」


 3歳の息子を持つ坂井らしい視点に、紗奈は納得する。


「分かりました。じゃあ、中山部長に聞いて来ます」


 紗奈が答えると、坂井はほっとした様にうなずいた。

 しかし、突然思い出した様に言った。


「あー、後改変の話な。川野のさっきの反応からして、箝口令敷かれてる感じだな?」


「えっ……」


 遅れて来た鋭い言葉に、紗奈は否定する事すら忘れて言葉を失った。

 すると坂井は、やっぱり、と腕を組む。


「それに関しても中山に言っとけ。基礎時代で起きた改変なら俺をはぶるなってな。

 これでも基礎時代担当課だ。少しくらいは力になれるはずだぞ」


「──はい……」


 つくづく自分は、何かを誤魔化すのが下手らしい。

 情け無く思いつつも、坂井の言葉は心強い。紗奈は頭を下げて、坂井に謝意を伝える。


「いいんだよ、俺はただ暇なだけだから。部下はみんな外出しちゃったし、時間ステーションが休みだと仕事が無くてな」


「えっ、時間ステーション休みなんですか?」


「事件があるのに通常営業してられる訳ないだろ。無駄に旅行客が時空間を撹乱したら、修正に支障が出る」


 坂井によれば、今のところ表向きはシステムの不具合による休業、とされているらしい。


「修正部ならそんくらい分かっとけ、元広報課の川野でもな」


 言葉遣いは厳しくも、口調は面白がっているような感じだ。紗奈は間延びした声で「はい」と答え、もう一度修正部に走った。

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