第13話 最城大学 Ⅰ

2718年9月20日午前8時


 SIX STORYからFTTまでは、紗奈の足で走れば7分ほどの距離である。早く帰ろうと必死に駆けていると、同じ様に職場へ急ぐサラリーマンにぶつかった。

 少し怯えて、すみません、と言ったが、向こうは構う間も無いらしく、そのまま行ってしまう。


 注意しながらまた紗奈が走り出そうとすると、「川野!」と呼ばれた。


「あっ、一ノ瀬さん!」


「下で待ってたのに。……川野がどんどん先に行くから、見失いかけた」


 律希は少し苛立っていた。表情はあまり変えないが、口調が投げやりで、直ぐにそうと分かる雰囲気が漂っている。


「すみません」


 紗奈は謝ったが、律希はその言葉すら聞かずに言った。


「予定変更。修正部には戻らない」


「えっ?」


「行きたいところがあるんだ。川野も来て」


 そう言うと律希は、最城駅へ向かって走り出した。困惑しつつも、紗奈は慌てて彼を追う。


 携帯を改札にかざし、律希は最城都市線のホームに向かう。

 東京の中心都市である最城市内を一周する最城都市線は、現在通勤ラッシュど真ん中だ。


「一ノ瀬さん……!」


 律希の背を見失いそうになり、紗奈が声を上げる。すると彼は、少し戻って紗奈の手をぎゅっと掴んだ。


「えっ、あの……」


「ちゃんと付いて来いよ」


 普段の彼ならこんな事はしない。少しどきっとしながら、彼がかなり焦っているらしい事に、紗奈は不安を感じた。

 ホームに電車が滑り込んで来て、律希と紗奈はそれに乗り込む。

 混み合った車内では、お互いの距離が近い。それは、相手の心音が聞こえそうなくらいで、紗奈は戸惑ってしまった。


「一ノ瀬さん、あの……一体どこに行くんですか?」


 気まずさを紛らわしたくて、紗奈が小声で話す。律希は少し間を空けてから、


「最城大学」


 と短く言った。


「最城大学って、あの最城大ですか?」


「そう。知り合いに大学で講師やってる奴が居て、今から会いに行こうと思ってる」


「最城大の講師……」


「歴史の専門家。高校からの同級生なんだ」


 最城大学は、国内トップレベルの国立大学で、時空学部がある数少ない大学だ。


「最城大の講師って凄いですね。最城大とか、私とは違う世界線の大学ですよ」


 紗奈の言葉に、律希は微妙に間を空けて言った。


「……僕は最城出身だよ」


 思わず紗奈は、


「わっ一ノ瀬さん……別世界の人だ」


 と呟いた。すると律希は、弁解するように言う。


「だって……修正部なんて全員『最城』か『奏桜』か『星新』のどれかじゃん。時空学部がそれしか無いんだから」


「そう、ですね……。あんまり意識した事無かったけど、和弥先輩も奏桜大学でしたっけ」


 改めて、先輩たちと自分の差を認識した紗奈だったが、律希は落ち着いた声で言った。


「川野は川野だからね。……って言うか、僕を勝手に別世界の人間にしないで」


「そうじゃなくて、私が別世界の人間なんです」


「違うよ。川野も僕らと同じ修正部だろ」


 同じ、と言う律希の言葉選びに、紗奈はほっとする。


「ありがとうございます」


「……ほら、もうすぐ着くよ」


 律希は目を逸らして言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る