第12話 川野陽介I

 首都の朝は慌ただしく動く。冷たくなって来た風の中を、紗奈と律希は走っていた。


「一ノ瀬さん。大丈夫ですか?」


 紗奈は遅れた律希を振り返る。すると律希は「少し待って」と立ち止まった。


「ごめん。やっぱり、疲れてるから……。一瞬だけ待って」


「すみません。私のわがままで」


 紗奈が、1人では無理、と言ったから、修正部の誰かが一緒に行く事になった。最初は和弥を誘ったが、「俺じゃ信用されないよ?」と言われて考え直す。

 最終的に律希が行くと言ってくれたが、前日の修正と時間旅行で、彼の体力もかなり厳しい。

 紗奈は、仕方ない事でも、申し訳ないと感じた。


「──後少しだよね。行こう」


 律希が言い、紗奈は心配しつつもうなずく。また走り出し、SIX STORY本社ビルに着いた。


「普通にメインエントランスからでいいの?」


 律希の問いに、紗奈は「はい」と答える。


「最上階に兄が居るって連絡して来たので、直ぐ行きましょう」


 慌ただしく人が行き交うSIX STORY本社ビルは、近代的で綺麗な内装だった。オフィスと言うよりは高級ホテルのようで、FTTとはまるで違う。

 律希と紗奈はエレベーターに乗って最上階を目指した。その途中に人と会っても、紗奈が挨拶すれば誰でも良く返してくれる。

 

 お陰で止められるような事も無く、最上階にたどり着いた。ここまで来ると本当にホテルのようだが、SIX STORYの最上階はレストランだった。


陽兄ようにい!」


「おっ、紗奈。こっちだよー」


 紗奈が声をかけると、奥の方の席から陽介が手を振った。紗奈が駆け寄り、律希も後から行って軽く頭を下げる。


 しかし、律希を見た陽介が不意に動きを止めた。


「──弓月、さん……?」


 陽介が小さく呟く。紗奈は唐突な兄の言動に戸惑ったが、律希は一瞬下を向いて間髪入れずに言った。


「違います」


「えっ、じゃあ……」


 陽介は混乱して片手で頭を押さえる。しかし直後、何かを思いついたように「あっ」と声を上げた。

 陽介が何かを言う前に、律希が言う。


「お久しぶりです──陽介兄さん」


「やっぱ律なの? うわっ……何年ぶりかな」


「……10年前くらいでしょうか」


「そんなに? いや、そっか。そんなもんだよな」


 紗奈には何が起きているのか分からないが、2人の間には、素直に再会を喜ぶというのとは少し違う、気まずい空気が流れていた。


「えっと……元気だった?」


 陽介が聞くと、律希は少しぎこちない笑顔を作って言った。


「はい。陽介兄さん……いや、川野さんは?」


「そんな、他人行儀にしなくても。みんな心配してたんだよ? あれから一切来なくなったから」


「すみません」


 律希が言い、そこで一度会話が途切れる。しばらくそのまま、沈黙が続いたが、陽介がそれをまた破る。


「でも、驚いたな。本当に弓月さんにそっくりだね。一瞬弓月さんかと思った」


「そうですか」


「あー、ごめん。そんな事言われてもだよね」


 律希はその言葉を特に否定しなかった。

 

 陽介はその場の空気を振り払うように口調を変えた。


「さて、紗奈の用は何だっけ?」

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