第5話 過去の兄妹Ⅲ

「えーっと……」


 まさか、全てを説明出来るはずはない。紗奈が言い淀んだ時、突然誰かの悲鳴が聞こえた。

 

 香織がハッと携帯を下ろし、悲鳴が聞こえて来た方向を見る。

 

 しかし、大人が動くよりも先に優斗が、


「さやかだ!」


 と叫んで駆け出した。


「えっ、ちょっと待って! 優斗君!」


 紗奈が慌てて追いかける。優斗の足は速く、直ぐには追いつけない。

 しかし、程なくして優斗は足を止めた。


「さ、さやかを離せ!」


 優斗の声に、彼の前方に居る、黒い服を着た男が振り向いた。


「東、優斗……」

 

 男が優斗を見て呟く。紗奈はハッと息をのんだ。


「……あなたが時空犯ね」


 男の胸ポケットに入った携帯は、この時代で流通している形では無く、紗奈が見慣れた形の物だった。

 基礎時代の人間では無く、現代の人間。今ここに居る自分たち以外の人間なら、確実に犯人だ。


 男は、優斗よりも小さな女の子……さやかの動きを、抱え込むようにして封じていた。

 さやかは怯えていて、抵抗出来ないようだ。


「その子を離しなさい」


 声が震える。こんな状況は体験した事もないし、怖い。

 

 毅然とした態度を、もう保てないと思った時、誰かの手が後ろから、紗奈の肩に触れた。


 律希だ。


「まだ歴史は変わっていません。僕らも今なら見逃せる。その子を離して、現在に帰って下さい」


 律希は冷静な声で、この場も紗奈も落ち着かせる。

 男のさやかを拘束している手を、少し、緩めたように見えた。

 しかし……。


「……あいつらが、」


 男が何かを呟いた。律希が注意深くその先を聞き取ろうとする。

 しかし、それまでもなく男が絶叫した。


「……SIX STORYのせいなんだぁぁぁ! 全部あいつらのせいだ! 消してやる、絶対に、消してやる……!」


 抱えていた女の子を投げ出すと、男はポケットからナイフを取り出した。

 その銀色の刃を手に、男は優斗に突進した。


「紗奈!」


 律希の声で紗奈はハッと我に返り、優斗の手を引いてその一刃を避けた。

 しかし、強く引かれた優斗がバランスを崩して転び、紗奈もつられて倒れてしまう。


 背後で男がもう一度ナイフを振り上げる気配がして、紗奈はとっさに優斗をかばった。何もかもが一瞬に過ぎる。考える余裕がない。


 しかし、刃は降りかかって来なかった。カラン、と音がして、ナイフが地面に落ちる。

 数秒で、律希が男の手からナイフを叩き落としたのだと分かった。


「吉崎、拾って!」


 香織が男の鼻先でナイフをさらい、時間機でパッと消える。

 それを見届けて、律希はさやかと紗奈の手を同時に掴んだ。紗奈と優斗が手を繋いだままなことを確認して時間機を作動させる。


 四人の姿が消え、夜の公園に男一人が残された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る