エビ探偵・車エビ男のフライなる事件簿

さくらみお

前 編


 私の名前は車エビ男。

 先日、秋田県沖で釣られて同胞どうほうと共にスーパーコミットに並んでいた。

 乱雑にパック詰めされて窮屈きゅうくつな思いをしていた我々を購入してくれたのは、40代のやや小太りのクルクルパーマ頭の主婦だった。

 購入されて辿り着いたのは、築30年は経っていそうな古びた木造二階建ての家。

 存在感が無く太り気味のぼやーっとした父親と、育ち盛りで一食で三合は軽く食べそうな高校生と中学生の男の子二人と、太ったトラ猫が居る家族だった。


 母親は朝早くから騒がしい息子達の弁当を作り、あれこれ世話を焼き、ドタバタ。

 二人の息子達はちょっとおせっかいな母親にウンザリしながらも、元気良く家から飛び出し、父親は……すでにリビングに居ないようなので、出勤した様だった。

 きっとよく分からなかったのは、存在感が薄いせいだろう。


 嵐が去って、一息ついた母親は静まり返ったリビングで独り言を言った。


「今日はエビフライにするかな……」


 冷蔵庫のチルドルームに眠っていた我々は全員背中を丸めてピクッとした。


「……聞いたか?」

「聞いた聞いた」

「エビフライだって!」

「すっげーな、俺ら!」

「我々食用エビにとって、こんな名誉な事ってあるのか? いや、無い!」


 同胞達どうほうたちは我々の行く末に喜び、狭苦せまくるしいパックの中で小躍こおどりをしていた。


 我々は待った。

 冷蔵庫の中にいる私は想像しか出来ないが、きっと母親は洗濯物を干して、猫とじゃれて、掃除機を掛けて、庭の手入れして、昼ご飯を食べて、猫と昼寝して、そして……今の時刻はたぶん夕方。


「さ、そろそろ作ろうかしら」


 と、再び独り言を言いながら、冷蔵庫を開けた。我々はワクワクしながら、母親の手に掴まれてキッチン台に置かれた。


「エビフライ♪ エビフライ♪」

「俺たち、来世も良いことありそうだな」


 予期せぬ栄光を口に出さずには居られない我ら。そして我々の隣に、小麦粉、卵、水、パン粉が置かれた。

 パックの中で出番を今か今かと待ちわびている同胞達どうほうたちの中、パックの端っこで一人、背中を向けて俯くエビが居た。


「エビータ、どうかしたのか?」


 名前を呼んで振り向いたのは、彫りの深い面立おもだちをしたエビータ。先祖がアルゼンチンアカエビだったとか、何とか。我々の様な純日本産とは少し雰囲気ふんいきが違う。

 暗い表情をしていたエビータは、ブツブツと何か言っている。私が聞き取れなくて「え?」「何?」と何度も聞き返すとちょっとイライラしたエビータは大声で叫んだ。


「……私はエビフライなんて、嫌よ!!」


 それを聞いた周りのムードの空気が一気に重くなるのを感じた。まさか、土壇場どたんばでそんな事を言い出すなんて!


「私はころもなんかに隠されず、正々堂々と寿司にして貰いたかった……!」

「エビータ……」

「エビータ、寿司になるエビは本当に一握りの選ばれたエビなんだ。そもそも俺たちは加工用なんだ。生食用じゃない」


 うんうん、とエビータ以外のエビが頷く。


「だとしても! せめて唐揚げとか、塩焼きとか、私の美しい姿のまま食べて貰いたかったのよ!」


 エビータの気持ちも分からなくも無い。


 しかしエビと言ったら、フライ。

 フライと言ったら、エビ。


 私たちは生食になれなかった時点で、加工用でエビの頂点に立てるメニューになるのだ。これは喜ばしい事だと思うのに……。

 

 その時、我々のパックのラップをカリカリと爪でこする音がした。


『!!!!』


 全員が、その音にラップの外を見上げた。

 母親のぜい肉の付いたあごがよく見える。

 その瞬間、世界がグラリと揺れた。


「きゃあ!」

「なんだっ!?」

「落ちている!?」

「母親が手を滑らせたっ!!」


 ラップが半開きの状態で、我々はキッチンの床に落っこちた。

 地面に点々バラバラとなった我々。


「……みんな、無事かー!?」

「ええ、大丈夫……」

「び、びっくりしたね~」

「まだ殻が付いていて良かったね。生身だったら、耐えられなかったと思う」


 それぞれが安否の確認をする。

 私は同胞よりも遠くに飛ばされた。

 ゴミ箱の近くに着地し、母親は近場のエビから救出を始めている。

 私はちょっと焦った。何故ならば、下手すると遠くに飛ばされた私は発見されず、このままゴミ箱の近くでいたんで死ぬなんて事も有り得るからだ(……あ、そもそも死んでいるのか?)。

 それだけは、本気で勘弁して欲しい。

 母親、気づいてくれ。

 私はココだ。ココに居る。

 このまま傷んで生涯を終えるなんて、嫌だっ!!

 その時、私の悲痛の声に応じる者が居た。


「にゃんだ、オメーは」


 耳をピンと尖らせた、とても太ったトラ柄の猫が私を覗いていたのだ。にゃ~んと声を上げると、しっぽをくねらせた。


「ね、猫!」

「なんだ、エビの野郎か。ち、お前らは嫌いだ。お前らは良い匂いがするくせに食えば体調が悪くなるからな」


「あ、マイケル! 駄目よ、食べちゃ!!」


 その時、母親が私の存在に気がついてくれた。マイケルと呼ばれたトラ猫は不機嫌そうな顔をして、


「今日のメシがエビフライだなんて! 殻ばっかり大きくて中身がひょろひょろ野郎の癖に生意気なんだよ!!」


 と暴言を吐き捨てて、ふくよかな身をひるがして去って行った。私は母親にしっぽを掴まれながら、複雑な思いでキッチンのシンクの網籠あみかごに置かれる。そこには同胞達が居た。


「ああ、エビ男!」

「よかった、みんな救出されたね」


 私は真っ先にエビータを確認する。

 普通に居た。しかし先ほどと違って、何だか嬉しそうな顔をしている。

 あんなにエビフライは嫌だと言っていたのに……。

 私は腑に落ちない気持ちで、母親に汚れた身体を洗われていると――。


 事件が起きた。


「……あら? おかしいわねぇ。パン粉が無いわ……」


『!?!?』


「どうしてかしら? さっきまであったのに……」


 母親はウロウロして、キッチン台、冷蔵庫にパントリーまでも探している。キッチン台の隙間も覗いているが、パン粉は見当たらないらしい。

 

 ――嫌な予感がする。

 嫌な予感がし過ぎて、みんな手足がモゾモゾと動いている。


「しょうがないわ……今日は唐揚げにするしかないか……」


『!!!!』


 衝撃の展開に我々の目玉は飛び出した!……と思ったら元々エビなので目玉は飛び出していた。


「そ、そんな……」

「唐揚げなんて、嫌だ!」

「そうだよ、もうエビフライで整っていたんだから、僕らはエビフライ以外になるなんて、考えもつかないよ!」

「エビ男! お前、エビ味噌が一番多いんだから、何とかしろよ!」


 みんなの視線が一斉に私に集まった……エビータを除いて。

 何故自分が? と思いつつも、我々には時間が無く、ここで言い争いする無意味さは分かっていたので不本意ながら私が推理をする事にした。


 私のエビ味噌で考えた犯人の可能性は四人。


①トラ猫のマイケル

 我々エビを憎んでいる


②エビータ

 エビフライでは無く、唐揚げ希望だった


③母親

 純粋に我々落下事故によって、パン粉を目で見ることが不可能な隙間すきまに落としてしまった


④それ以外


 まず、一番可能性の低いのは③の母親。

 キッチン台は築年数が経っている家の割に、最新式のシステムキッチンで、隙間はほぼ無い。その隙間は母親はくまなく探した。

 それに母親は我々がエビフライになるのを強く希望していたので、動機が無い。


 そうなると、①マイケルか②エビータが限りなく怪しい。


 ②のエビータから考えてみよう。


 エビータには十分動機がある。しかし、彼女はエビ。身動きが取れないエビが、この短時間でパン粉をどこかへ隠せる、又は消滅しょうめつさせる事が出来るのだろうか。不可能だ。

 だが、彼女の嬉しさをめている表情は、何か真実を知っている様に感じる。率直そっちょくに問い詰めたところで、素直に真実を吐くとは思えない。


 そして、最も怪しいのは①のトラ猫のマイケル。

 彼はエビを憎んでいる。我々がエビフライになる事を希望していた事を良く知っている。猫の彼ならば、さっきの騒動でパン粉を盗む事が可能!……に見えて、実は難しいのだ。

 何故ならば、彼はとても肥満体型。

 キッチン台へジャンプ出来るほどの身軽なボディを持っていない。その結果、不可能だ。


 そして、僅かな可能性の④それ以外。


 しかし、私が知る限り母親以外、家族は誰も帰って来ていない。

 この家の玄関には開くと必ず「リンロン♪」と鳴る鈴が取り付けられているからだ。マイケル以外の動物も飼っていないし、今日の気温は低い。窓を開けっぱなしで野鳥が飛んでくる事も無い。


「エビ男!! 早く早く! 母親が唐揚げ用の衣を作り始めている!!」


 かす同胞達。

 ほくそ笑むエビータに、いい気味とばかりにソファーでにやつくマイケル。

 あせる私……。


 ――その時だった。


 トントントン……と、リズム良く木を軽く叩く様な音が、天から響いたのだ。

 しかも次第に大きくなっている。


 この音は……まさか……。


 そんな馬鹿なっ!?

 私は……ミスリードをしていたのかっ?!

 唖然あぜんとする私。真実を掴んだ私の腕をすがる様に引っ張る同胞達。

 母親の唐揚げを作る手は止まらない。

 私は同胞達を見回して言った。


「みんな、待たせてすまない。謎が解けたぞ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る