第2話 ダークエルフのジークリンデ

 ダークエルフの住処はある日、人間たちの領地拡大計画によって消滅した。

 同胞たちは次々と追われ、流浪と迫害の民になった。


 この世界のどこにも居場所がない。

 必要とされていない。


 様々な理由で捕まっては駆り出される。

 男は重労働に、女は身体を。


 そんな中人間の間で謳われる平和や愛、そして死後の楽園。

 

 幼いころ、そんな光景を見た私は思わず笑いこけてしまった。

 空腹と疲労で朽ち果てそうな身体から、思いっきり。


 ────人間はどこまで救われたがりなのだろう。


 他人を押しのけてでも救われたいと願う者たちの強さ。

 それに同胞たちは負けたのだと思うとやるせなかった。


 そんなときに空の向こう側より、かの存在が現れた。

 破壊の権化たる黒竜フェブリスが。


 人間にとっては絶望でも、私にとっては確かな『希望』だった。


 今でもこれは忘れられない輝きだ────。




「こちらが用意した身体です。一見ただの鎧に見えますが、遥か昔にこの世界に降り注いだ特殊な効果を持つ隕鉄を用いて作られた伝説級の鎧なのです」


『なるほどね。いいだろう。……しかしなんという因果なことか。このワタシが、まさかヒト型になってしまうとは』


「完全復活までのご辛抱です。力を取り戻されれば元のお姿に」


『今はその言葉を信じるとしよう。それで、ワタシはなにをすればいいのかな?』


「これから儀式を行います。100年ほど」


『お~』


「通常でしたら1ヶ月もあればなのですが。如何せん、黒竜様もこの鎧も規格外オブ規格外。安定させるにはそれぐらいの期間が必要なのです」


『めんっどッッッ!?』


「ごめんなさい!」


『……その間君はどうするんだい? ずっと付きっきりかな?』


「いえ、定期的に呪文や魔力を流し込めばいいだけですので。その間情報を集めてまいしますので」


『なるほど、了解した。かつての比類なき滅びの力を取り戻すために、これからも頼むよリンデ君』


「リンデ……? はい! 黒竜様のお心のままに!!」


 こうして長きに渡る儀式は開始された。

 鎧と一体化するようにまとわりつき、黒い魔力の膜に覆われながら眠りから覚めるのを待つ。


 その間にも時代は大きく変わっていった。


 黒竜フェブリスがいなくなったことによって、魔物の動きが活発になり、そこから魔王と言われる存在が生まれる。


 黒竜を破った人類最強の存在、星雲の戦乙女の後継者たちが幾人も出てくるが、魔王軍の動きを止めるには至らず。


 また、国と国同士が戦うなどして、世界はさらなる激動の波にのまれようとしていた。


「未だ混沌の時代が続いてばかり。あの戦乙女の犠牲はなんだったのか。これなら黒竜様に介錯されたほうがずっといいのに……」


 ジークリンデは見下すような目で時代の流れを見ていた。

 だが、それも『今日』で終わるのだ。


「100年……あぁあまりにも長すぎた! この日をどれだけ待っていたことか! 今参ります黒竜様!」


 少女の足はあの日よりさらに鍛えられ、疾風迅雷の駆け足は険しい山すらものともしない。

 そしてついにたどり着く愛しのアジト。


「黒竜様!」


 黒い魔力の膜の前で叫ぶ。

 それに呼応するかのように、ピキピキと亀裂が入り────。


「遅かったねリンデ君」


 かの主の声が響くと同時に、ジークリンデは片膝をつくようにひざまずく。

 膜が割れて、その姿を露わにしたとき、ジークリンデの瞳は一気に輝きに満ちた。


 白と黒、陰と陽を表したかのような基調モデル

 全体の風貌からしても竜騎士のように厳つく、邪悪な竜のように禍々しい。


 フルフェイスなので表情はないにひとしいが一挙手一投足で、彼の物腰柔らかな雰囲気がわかる。


「これが人間体の構造か……少しばかり慣れがいるな」


「お美しいです。黒竜様」


「……外の様子がみたい。歩きながらでいいから説明してくれたまえ」


「はい!」


 復活せし黒竜は、邪悪な騎士の姿で目覚めた。

 従者のダークエルフを連れて、今、世界に降臨する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る