第14話 元気の出ようもない会話の末に確信を得ました

 戦争大臣ちゃんの広い執務室に足を踏み入れたところで、部屋の主は怪訝そうな顔で尋ねてくる。彼女は相変わらず書類と酒瓶に埋もれていた。昨夜訪れた時からずっと働いているらしくもあった。昨日より少しだけ顔色が悪そうだった。


「昨日といい今日といい、どうも唐突すぎるぞ貴様。何だ。何の用だ。説明しろ」


「何の用かと聞かれると……。簡単な話のようでいて、簡単な話ではないんだよね」


 歩きながら、吾輩は素直な思いを口にする。

 そうとも。ここに来たのは簡単シンプルな理由があったからだが、その結果として大変面倒なことになるのは間違いなかった。


「どうした急に。意味ありげでいて意味のないことを言って……。貴様は意味ありげなことすら言えないはずだが……?」


「吾輩は馬鹿だけど、それが悪口だということくらいは分かる」


「分かってくれなければ悪口の言いがいがないというものだが……。どうした。元気がないぞ。語尾を彩るいつもの感嘆符はどこにやった」


「吸血鬼を31日連続で31人滅ぼして、しかもその手掛かりすらないなんてあり得ると思う? 警備厳重な魔王城に住んでいる吸血鬼をだよ? そんなことが可能な魔族はこの魔界にどれだけいるんだろうねぇ……」


「魔王様ならできるだろうが……。ちょ、ちょっと。本当にどうした? なにか悪いものでも食べたか?」


「この魔王城で一番偉い吸血鬼である戦争大臣ちゃんが血を飲んで仕事をしているのだから、それ以外の吸血鬼も毎日血を飲んでいたことになるよね」


「……そうだ。奴らにもあれこれ仕事を任せていたのは確かだ」


「つまり、強い状態の吸血鬼だったわけだ。これでさらに暗殺の難易度は上がるよね」


「……そんなことをわざわざ言いに来たのか?」


「そんな彼ら彼女らの不意を突ける存在が……? もしかしたら、魔王様でも無理かもしれないよ?」


 戦争大臣ちゃんは言いよどむ。

 困惑しているようだった。


「……それが分からないから、我々は困っているのだが?」


「そうだよね。そうなんだよね……」


 戦争大臣ちゃんのもっともな疑問に対し、吾輩はてきとうに返事をした。何を隠そう、戦争大臣ちゃんと会話するためにここを訪れたのではないのだった。ああ、あーあー。本当に嫌だなぁ。


 吾輩は内心で呻きながら、執務室の奥に向かって真っ直ぐ歩みを続ける。

 と、戦争大臣ちゃんがいきなり怒鳴った。幼女らしからぬ顔で叫んでいる。


「止まれ! その線から先に踏み込むな!!! 何のつもりか知らんが貴様!!!」


「ああ、あったね。そういうのも」


 部屋の真ん中に引かれた白線のことだ。昨日の朝ここを訪れた時に、超えるなと言われたような気がする。保安上の理由があったような……。


 ま、どうでもいい。

 魔王様によろしく頼まれてしまったから。


 吾輩の長い足はあっさりと白線を跨いだ。執務室の奥、すなわち戦争大臣の元に更に近づく。そうとも。吾輩が嫌々ながらここに来た目的を達するには、こんな線など気にするわけにはいかないのだ。


「ハハ……。そうか、貴様だったか。まんまと騙されたよ。演技が上手いな」


 制止をあっさりと無視し、ゆっくりと歩みを進める吾輩を眺めて戦争大臣ちゃんはそう言った。机にある杯を一気に煽る。彼女の魔力が膨れ上がった。


 勢いよく拳を机に叩きつけ、その大きな家具は弾け飛ぶ。当然書類も舞った。

 宙を漂う紙の群れの向こうに、表情を消した戦争大臣ちゃんの姿が見えた。


「貴様のことは前から気に食わなかったのだ。今日、滅ぼしてやるよ。一応言っておくが、血はまだまだあるぞ。私の力がこの程度とは思わないことだ」


 よし、と吾輩は確信した。

 やはり、ここでよかったのだ。

 吾輩は一歩一歩、着実に彼女に近づいていく。


「貴様、肉弾戦は好きか? 私も嫌いじゃないよ。この体格は接近戦向きでね……。一対一で私に勝てる者はそうおるまい」


「ふーん。そりゃ凄い…… ん? それが吾輩に何の関係が? 吾輩馬鹿だから分からないや」


 そして吾輩は最後の一歩を踏み込んだ。

 見下ろすと戦争大臣ちゃんがいる。机だったものの中央に立っていた。鬼の形相--常に怒って見える大鬼オーガのような表情を指す慣用句だ--で吾輩を見上げている。


 吾輩が--


「ああ、嫌だなぁ……」


 と呟いた刹那--


「貴様の灰を! 部下への手向けとしよう!!!!」


 戦争大臣ちゃんは叫び--




 真っ直ぐに、鋭く、吾輩めがけて突進してくる。

 



 この幼女、一体何をしているんだろう。

 吾輩は不思議に思った。

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